「おまえと依央のやつが街で歩いてるのを見かけたんだよ。依央は真剣な顔でおまえを引っ張ってるし、おまえは焦った顔のままついていこうとしてるしな。……何かあったのかと思ってスマホに連絡しても返信ないし。車を置いてから追いかけようとしたけど見つからなかったからな。………だから、おまえの家でまつことにしたんだ。」
 「………そうだったの。」
 「依央に何か言われた?」
 「………何でもないって。」
 「じゃあ、何で泣いたんだ?」


 斎は、夕映の顎に触れて、俯いていた顔を優しく引き上げる。それにより、夕映の顔は街頭に照らされてしまう。
 

 「いやっ!離して……。」
 「好きな女が泣いてるんだ。心配するに決まってるだろ。」


 やはり彼は優しい。
 街中で私の姿を見つけて、心配してくれたのだろう。彼の言葉の意味を考え、胸が熱くなる。
 彼の胸に飛び込んで、抱き締めてもらえたらどんなに安心するだろう。彼の熱や匂いに包まれて、優しい言葉をかけられたら、きっと何も考えないで幸せになれるのだろう。


 けれど、そんな事は出来るはずもなかった。
 何からも逃げてしまっている夕映には、そんな資格もないのだ。
 それに、斎は恋人でも何でもない、元彼氏なだけだ。

 彼に甘えるなんて、自分にも甘えているだけだ。

 そう思い、夕映は手を強く握りしめた。


 「………じゃあ、この間の事、教えて。私の質問に答えてよ………。」
 「それは言えないって言ってるだろ。」
 「じゃあ、私の事なんて放っておいてよっ!………私、斎の事、好きかもしれないのに。………どうして答えてくれないの?」
 「…………それだけは俺からは言えない。」


 何度聞いても、どんな事があっても、彼は教えてはくれないつもりなのだろう。
 好きだと言いながら、あなたを好きにさせてくれない。
 本当に彼はずるい。
 
 夕映は、赤くなった目で彼をキッと睨み付け、顔に触れていた彼の手を払った。


 「っっ!もういい………これから私に会いに来ないで。来ても会わないから。」
 「………夕映………。」
 

 切なぜに呼ばれた名前。
 きっと、また斎は泣きそうな顔をしているのだろう。
 もう1度斎のそんな顔を見たくはなくて、夕映はその場から走り去った。


 もう走って追われる事も、腕を掴まれる事も、名前を呼ばれる事もなかった。
 きっと、これでもう最後になる。

 夕映はそれを確信していた。
 

 新しく始まるかもしれなかった恋は、ここで終わってしまったのだ。

 彼を忘れなければ。

 彼からどんどん離れ、自分の部屋に戻った頃には、涙が溢れてしまう。
 玄関に座り込んだまま、夕映は声を殺して泣き続けた。