夕映は彼の胸を押すけれど、男性に力で勝てるはずもなく、ビクともしない依央の体に包まれながら、与えられるキスに翻弄されていた。


 「っ………ぃおくん………。」
 「……………。」
 「…………っ……………。」


 気づくと、夕映は瞳から涙が溢れだしていた。見たこともない彼の表情と、怖いぐらいのキス。抗うことも出来ない抱擁に、彼の言葉の意味。
 全てが夕映に一気に降りかかってきたのだ。
 心が押さえきれなくなって、感情が溢れでてしまった。

 キスを繰り返す依央が、しばらくすると夕映の涙に気づいて、ハッした表情で夕映から唇を離した。


 「…………あ、夕映せんぱ………。」
 「やめて………もう、何もしないで。」
 「あ、急にこんなことしてしまって……僕は………。」
 「っっ!!」


 先ほどの態度から一転して、いつもの穏やかな彼に戻ったのか、オロオロした表情で夕映の泣き顔を心配そうに見つめながら、また彼の指が夕映に向かって伸びてきた。
 それを避けるように、夕映は彼の体を両手で強く押して、依央の抱擁から離れた。
 力が入っていなかった彼の体からはすぐに逃れる事が出来た。そのまま、よろよろと数歩ずつ後退りながら、夕映はばつが悪そうに彼を見つめた。


 「今、私に触れないで。………ごめん。」
 「あ、夕映先輩っ……。」


 夕映は、そのままよろよろと走りだし、涙で濡れた顔を手で拭きながら逃げるように夜の公園から飛び出した。

 後ろから依央の呼び止める声が聞こえたけれど、彼の足音は聞こえては来なかった。


 夜の街から逃げるように早足で歩く。何度も走ったため髪や服は乱れて、泣いたせいで化粧もボロボロだろう。
 それでも、そんな事を気にしている余裕もなかった。


 ただただ、依央から離れたかった。
 
 彼の悲しげな表情からも、逃げられないキスからも、そして、胸が痛くなる言葉からも。


 「ごめんなさい………。」


 その言葉は、誰に届くこともなく街の雑踏に紛れて消えてしまった。
 そして2人の彼には聞こえるはずもなかったのだった。