『夕映さんが貸してくれた本、読みました!とっても面白かったですー!まさか、主人公の子どもの頃からあの人が関わっていたなんて!ラストは沢山泣いちゃいました。』
 

 南との食事会が終わった後、夕映は連絡をくれた依央に電話をかけた。すると、3コールぐらいですぐに彼は電話に出てくれ、その後は本の話をしていた。
 彼は本を読み終わったばかりなのか、とても興奮している様子だった。そんな幼い子どものような彼の声を聞いていると、悩んでいた心が少しだけ溶けていくようだった。


 「依央くん、もう読んじゃったんだね。でも、あのお話は夢中になっちゃうよね。」
 『はい!上下巻の長いお話でしたが、すごく夢中になれました。あの男の人のように好きな人を見守りつづけていくのって素敵ですよねー。』
 「そうだね。すごく素敵だと思う。」
 『僕も………。』
 「ん?依央くん?」


 呟くような声が耳から聞こえたけれど、あまりに小さすぎたので彼の声が聞こえなかった。「どうしたの?」と聞き直すと、依央は『……いえ、何でもないです。』と、言葉を濁した。


 『あの、もしよかったら夕映さんから借りた本と同じ作者さんの本を買いに行きたいんですけど。………一緒に本屋に行ってくれませんか?』
 「……うん。いいよ。」
 『本当ですか!?………夕映さんと出掛けるなんて嬉しいです。』
 「そんな、いつでも付き合うのに。」
 


 そういうと、何故か依央の返事がなかった。
何か変なことを言ってしまったのだろうか?と、夕映は自分の言葉を振り返るが、変な所はなかったはずだと不思議に思った。
 夕映まで黙ってしまうと、妙な沈黙が訪れた。
 けれど、その間もすぐに終わりを迎える。


 『夕映さんとのデートだと思ってますから。』
 「え……。」
 『……別れてから、僕の気持ちはまだ終わってないんです。だから、今こうやって話せるのが嬉しいんですよ。………夕映さん、次のデートで僕は好きだって伝えますから。』
 「………依央くん。私……。」
 『だめですよ!今のは告白じゃないから返事しちゃ。じゃあ、会える日を楽しみにしてますね。』


 自分の気持ちだけ夕映に伝えた依央は、さっさと電話を切ってしまった。彼の事だから、恥ずかしくなって逃げてしまったのだろうと、夕映にはわかっていた。


 「………好きだって伝えるって……もう言ってるじゃない。」


 スマホを持ったまま、すでに電話が切れている画面を見つめて、夕映は呟いた。
 

 しばらく「依央くん」と表示された通話ボタンを見つめたまま、夕映は呆然としてしまう。


 「みんな、勝手だよ………。私、どうしたらいいいの………。」


 泣きそうな声をあげて、夕映はカーテンの隙間から見える星空を見つめることしかできなかった。

 その時にパッと脳裏に浮かんだのは、泣きそうな彼と悔しそうな彼。どちらが先に頭に浮かんだか、そんな事は夕映にはわからなかった。