彼の部屋に入ると、そこは以前恋人の時に来てた時とほとんど変わっていなかった。彼は大学を卒業後に独り暮らしを始めたはずなので、ここはそのときから時が止まっているのだろう。
 彼の懐かしい香りもほとんどしなかった。


 大きなベットに、殺風景なテーブルと椅子、そして本棚。かなりの本の数だったけれど、彼が持っている本はそれだけではないと知っていた。その部屋にあるのは、経営学などの本ばかりで、夕映の馴染みのないものばかりなのだ。


 この部屋には入ってきたドアの他に、もう2つドアがあった。1つは、ベランダに続くもの。もう1つは、部屋の奥にひっそりとあるのだ。

 夕映はそのドアをゆっくりと開けて中にはいった。窓が1つしかないその部屋は薄暗い。入った瞬間に感じるのは、図書館のような燻った匂いがする。
 それもそのはずで窓以外の壁には大きな本棚で占められており、本が並んでいたのだ。天井までびっしりと並んだ本は、すべてが斎が持っている本だった。そこには、彼が好きなファンタジーものやミステリーなどが並んでいた。和書から洋書、そして絵本などさまざまなジャンヌが並んでいる。
 
 夕映はこの部屋が大好きで、よくここにこもって本を読んでいた。
 部屋には窓、本棚、木製の脚立の他に、部屋の中央には大きめの皮のソファが置いてあった。そこに2人で座って本を読んでいた日々が多かった。夕映はここの本を、彼は仕事をしている事が多かったけれど、一緒に過ごせる時間、そして触れあう肩越しに感じる彼の熱が心地よかった。
 夕映が本を閉じて、少し休憩をしようとすると、彼はいつも「どうした?」と聞いて、そして優しくキスをしてくれた。それが嬉しくて、本を読んでは閉じる、読んでは閉じる……そんな事をして斎を困らせた事もあった。それでも彼は「して欲しいならしてって言えばいいだろ。」と言いながらも、優しく口付けをしてくれた。



 そんな懐かしくて甘い記憶を思い浮かべながら、夕映は本棚から1つの本を取ってソファに座った。子ども向けのファンタジー系の物語の本で、夕映も子どもの頃によく読んでいたものだった。

 ふかふかのソファに座り、表紙を眺めた。
 大きな竜と小さな男の子が見つめあっている、そんな素敵な絵だった。



 「…………斎に聞いてみよう。」

 
 そう呟き、夕映はその本を抱き締めて目を閉じた。
 そして、彼がこの部屋に来るのを待ち続けていた。