幼い夕映が年上だと思っていた斎を見つめていると、視線に気づいた斎が「何してんだ?」と、声を掛けてきた。
夕映はとっさに「何を読んでいるの?」と聞くと、手で夕映招いて、本を見せてくれたのだ。
そこに書いてあったのは、夕映が読めない文字だった。「えいご」という物だとは知っていたけれど、外国の言葉だという以外は何も知らなかった。
「読めない………。」
「………仕方がないヤツだな。」
と、斎は少し呆れながらも誇らしげに、本を日本語に訳して音読してくれたのだ。
彼の子どもらしい澄みきった声は、とても優しかった。それに彼が読んだ話は、魔法やしゃべるライオン、妖精などが出てくるファンタジー系が好きだった夕映には夢のような話だった。
淡々としながらも、でも楽しそうに読み上げる斎の笑顔は、物語に出てくる王子様みたいだな、と思いながら夕映は、彼の声が紡ぐ話に夢中になっていた。
けれど、斎を探しに家の人が来たことで、その2人だけの朗読会は終わってしまったのだ。
その話の続きが気になった夕映は、英語を覚えて自分でも読めるようになりたいと思い、それから必死に勉強するようになったのだった。
それが夕映と斎の出会いだった。
そのため、目の前にある本は自分を翻訳家にしてくれた大切な洋書なのだ。
そして、斎と話すきっかけを作ってくれた作家さんでもあった。
「英語を勉強してた理由は、それだけじゃないのかもしれないけど………。」
そう呟きながら、その小説の表紙を指先で撫でながら、ボーっと見つめていた。
仕事をしなきゃいけないのに、昔の事を思い出して考え込んでしまった。そんな風に思っていた時だった。
「何がそれだけじゃないんだ?」
「え…………。」
聞き覚えのある声。
顔を見なくてもわかる………。今まで心の中で考えていた相手の声だった。昔は綺麗な高い声だったのに、今は低音で色気のある男性の声になっている。
「斎………。」
そこにはグレーのスーツを来た斎が憮然とした態度で立っていたのだった。