夕映は、斎の言葉を聞いて、頭に衝撃が走った。頭を殴られたような、という表現の意味を今、実感出来た。

 彼の言葉はそれぐらい衝撃的であり、夕映を動揺させるのには十分な言葉だった。


 「…………斎。それ、本気で言ってるの?」
 「あぁ。」
 「……南ちゃんがどんな想いか、わからないの?」
 「あいつの言葉への返事だ。夕映にはわからないだろ。俺はあいつの考えが理解出来なかっただけだ。それ以上はおまえに話せない。」


 きっぱりと斎はそう言った。
 話せない。
 そう言われてしまった。それに南へ向けた言葉も訂正するつもりは彼には無いようだった。
 頑固な彼だから、もう何を聞いても答えてくれない、気持ちを変えてくれないのを夕映はわかっていた。


 「……………もういい。……わかったよ、斎。」


 夕映は、ゆっくりと1歩ずつ後ろに下がった。
 繋いでいた手をそのままに、2人の腕が真っ直ぐに伸びていく。

 
 「………話してくれないなら、わからない。……斎の気持ち、私にはわからないよ。」
 「………そうか。」
 「…………別れよう。こんな気持ちで、私………斎を好きでいられない。」
 「……………。」


 自然とその言葉が出ていた。
 あの場所で斎の言葉を聞いた時から、うすうすこうなる事はわかっていたのかもしれない。
 

 夕映は、繋いだ手を見つめた後、ゆっくりと斎の顔を見つめた。
 すると、彼は泣きそうな顔でこちらを見ていたのだ。俺様で強気で、強引な斎が。そんな顔をしていたのだ。
 夕映は、そんな彼の表情を見ている事が出来ず、彼から視線を逸らした。


 「………わかった。おまえがそういうのなら……。」


 斎が弱々しくそう言うと、繋いでいた手を離した。温かい熱が離れ、繋いでいた手は支えを失い、夕映の元へと返ってきた。 
 夕映はその手を見るだけで、涙が込み上げてきた。

 あぁ………まだ、斎が好きなんだ。
 
 そんな気持ちと、彼の泣きそうな顔から逃げるように夕映はその教室から駆け出した。

 部屋から出た瞬間、涙が溢れ落ちた。

 必死で涙を堪えて、廊下を歩き、薄暗くなった帰り道を駆け抜けた。


 そして、自室に入った瞬間に夕映は声を殺して泣いた。
 服から微かに感じる彼の香り、そして頭から離れない彼の表情。そして、最後まで繋いでいた手の感触。


 すべての感覚を忘れたくない。


 そして、失ってしまったものの大きさを感じながら夕映は泣き続けたのだった。