「ちょ、ちょっと待って!」
 私は浩太郎の胸をぐいっと押した。
 温かくて、骨張った胸。
 胸筋と言うほどのものがないのは、やっぱり研究者だからだろう。
(研究者の中にだって、筋トレが好きな人はいるだろうが。)

「さすがに、ここでは……人目があるよっ」
 けっこういい時間になってきて、隣のカップルシートにも、背後のテーブル席やカウンター席にも若い男女が食事しているのが見て取れる。
 いくら店内がカップルだらけだからって、いい年した社会人が、付き合いたての高校生バカップルみたいに公共の場でいちゃつけるはずがない。

 目をぎょっとつぶり、キスを拒もうとした。
「じゃあ、外でなら――」
 そこまで言いかけた浩太郎だったのだが。
 突如手が私の顎からするりと離れ、だらんと力が抜けるのを感じた。
 途端に私の体に自由が戻る。

「……?」

 黙ったままの彼の様子が変だと、私は恐る恐る目を開いた。

 すると、そこには――目を閉じ、背もたれにぐったりもたれる浩太郎の姿が。

「ど、どうしたの?」

 しかし、返事なし。
 言葉もなく、相槌もなく……。
 耳をそばだててみると、すー、すー、という規則正しい呼吸が――厳密には「寝息」が聞こえた。

 寝ちゃったってことですね!?