5.ありがとう

ピッピッピッピッと規則的な機械音に目が覚めた。
「んっ…」
白い天井。
微かに漂う薬品の匂い。
ここは…病院?
「瑠依、目覚めた?」
「えっ?」
私の手を握って心配そうに顔を覗いてきたのは転入生だった。
なんでここに?
え、どういうこと…?
「あっ、瑠依が体育倉庫で倒れていたから。」
「なんでわかったの?」
「んー、なんでだろ…瑠依が助けてーって言ってる気がしたから、かな?…なーんてねっ」
舌をペロッと出してニコッと微笑んだ。
「瑠依、熱中症になって倒れたんだよ。倉庫の鍵、閉められてた。」
「それは…間違えて鍵閉めちゃったんじゃない?私がいるってわかんなかったんだよ。」
「瑠依…もしかしてなんだけどさ」
「もう帰って。」
多分、転入生は気付いている。
だからそれを聞こうとしたんだ。
でも私は彼には気付かれたくない。
なんでかそう思った。
彼にだけはバレたくない。
「でも…」
「いいから、帰って。」
「ごめん、またあした。」
そう言って転入生は帰って行った。
はぁ、またやっちゃったよ…
助けてもらったのにお礼すら言えてない。
『ありがとう』その一言が言えなかった。
私って最低だ。
検査をして特に異常のなかった私はそのまま家に帰った。

「瑠依、おはよ!」
次の日、朝一番に声をかけてくれた叶恋。
「…」
私は目を逸らして避けた。
ごめん。
こめんね、叶恋。
叶恋を守るためなの。
叶恋がいじめられちゃうから、ごめんね。
許して欲しい…
その日は一日中叶恋を避け続けた。
『瑠依、次移動だから一緒に行こう?』
『瑠依、お弁当食べよう?』
『瑠依、一緒に帰ろう?』
瑠依瑠依って、沢山話しかけてくれたのに…
私は叶恋を避け続けた。
挙句の果てには
『うざい。しつこい。もう話しかけてこないで。迷惑だから。』
なんて、思ってもいないことを叶恋に言ってしまった。
私、ほんとに最低…

「きりーつ、またあした。さようなら」
今日の授業が終わりみんなが下校の準備を始めた。
結局今日1日避けちゃった…。
教科書を取り出すために机の中に手を入れると入れた覚えのない紙切れが出てきた。
なんだろう…
見てみると叶恋からの手紙だった。

ー瑠依へー
ごめんね。
うざかったよね。
私、瑠依のこと助けてあげられなかったから今度は仲良くしたいなんて思って…
瑠依は私のこと許せないよね!
いじめを止めなかったくせに仲良くしたいだなんておこがましすぎるよね。
そんとにごめんなさい。
でも、瑠依はめんどくさかったんだよね。
本当にごめんね。もう話しかけないから。
ー叶恋ー

私はその手紙を持って屋上に駆け込んだ。
「うぅ。うっ…か、れん…」
違う。
そんなこと思ってないの。
でも、叶恋を守るためなの。
「うぅ…っ。…っく」
悔しい。
悲しい。
何より叶恋に、謝りたい。
でも、そんなことしたら叶恋がいじめの標的になってしまう。
それだけは嫌だ。
ごめん。
ごめんね…叶恋。

それから何分泣き続けただろう。
すっかり日が暮れそう。
夕暮れのきれいな空はとてもとても綺麗だった。
「きれい…」
やっぱり空を見ると私は落ち着ける。
空を見るのが本当に好きなんだなぁ…
ーギィィ
すると屋上のドアが開いて誰かが来た。
屋上のカギは私しか持っていないからここが開いてるってわかる人はそうそういないはず…
「瑠依?」
そこに来たのは転入生だった。
もう、なんでいつもいつもタイミングが悪い時にきちゃうの?
「瑠依、どうして泣いてるの?」
「泣いてない。転入生には関係ないでしょ」
「関係なくない」
転入生は真面目な顔で言った。
「どうして?」
「俺が心配だから。」
「もう、放っておいて。」
私の事なんか放っておいてよ…
誰かと関わって傷つくのが怖い。
傷つけるのが怖い。
「助けて欲しい時に、助けを求めるのも大事だよ。自分が自分でいられなくなる。溜め込んでいたらいつか崩れちゃうよ」
「瑠依、もう我慢しなくていいんだよ」
「うぅ…っ…」
転入生は私を抱きしめた。
男の人に抱きしめられるなんて初めててどうすればいいか分からなかった。
でも、不思議と嫌ではなかった。
むしろ、安心できたんだ。