「はぁ~…あんな寒気のするお世辞よく女に言えるなぁ…」

ホール全体を見回す光の横に立って、お店をぐるっと見つめる。
客入りは上々。

「’宮沢さん’はもう少し女心っていうもんを勉強したほうがいい」

「へっ、女ににこにこ媚び売るなんて俺にゃ出来ねぇなぁ?」

「はは、あなたらしい」

光は屈託のない笑顔を俺に向けた。
小さい頃から、何も変わりやしない。
この頃女の代わりなら沢山いたけど、光の代わりはどこにもいないって本気で思っていた。
たったひとりの弟。
だからこそ、光が昼の人間から夜の人間になるなんて思いもしなかった。

光は俺にとって光りの中にいる存在だから、夜の偽りばかりの世界よりもずっと昼間の似合う男だったから。
だから冗談で一緒に仕事するか?と聞いた時、躊躇する事なく「うん」と言った光は印象的だった。
それでもいずれは昼の人間になる男。父親の会社を継ぐにも光だと思っていたし、光もずっと夜の世界になんて留まる事はないと思っていた。



そういう俺は何故この夜の世界に入ったかというと
ただ単純明快で、若くても実力次第で経営者に回れる事と、母親の見ていた世界を知りたかった。そしてその母親を捨てた父親を見返したかった。
馬鹿みたいに青くて、子供だったと思う。
実は俺の方が夜の世界に拘りがないって気づくのは、ずっと先の話だ。