そもそも美月は妊娠なんてしていないし、朝日と関係だって持ってない。
昔の朝日だったら分からなかったかもしれないけど、わたしと付き合ってからの朝日は人が変わったように誠実そのものだったんだよ。…でもそれは付き合ってからであって、自分の気持ちを素直に伝えていなかったわたしに、朝日は苛立ちを感じていただろう。
自分の気持ちも伝えずに、嫉妬ばかりぶつけていたわたしに……
朝日を責める権利なんて果たしてあっただろうか。
けれど………

もう一回深く目を閉じると、窓の方からわずかに雨音が聴こえてきた。
ゆっくりと、でも、優しく…。
夜の雨は嫌いじゃない。何故だろう。こうやってしたたり落ちる水の雫の音を聞くと、何故か心が落ち着く気がするんだ。
さーちゃんと初めて出会ったあの日のように。
けれど、現実は優しいばかりじゃない。

現実を、見たくない。
ベッドの横には、携帯があった。部屋の片隅に、鞄と朝日と水族館で買ったお揃いのキーホルダーがついた、キーケース。

ゆっくりと起き上がり、キーケースに手を伸ばす。
キーホルダーについていた鈴がちりんと雨音に混ざって高い音を出す。
その僅かな音にも、神経を研ぎ澄ませていた人がいた。

リビングからゆっくりと人の足音が聞こえて、扉の隙間から灯りが入ってくる。
扉に手を掛けてこちらを見つめる瞳は、いつものように力強いものなんかじゃなくて、わたしと目が合ったかと思えば、すぐに別の場所へ向いていた。