前のお父さんとのその一件で、嫌という程“お父さん”という存在が怖くなってしまった私にとって、1番の不安はそれだった。


普通の男性は、自分の子供に暴力を振るわないという事は分かっている。


けれど、やはり確かめずには居られなかった。


また、あんなに怖い思いはしたくないから。


確かに、お母さんに向かって手を上げられるよりは、私が代わりに犠牲になった方が何倍もましだと思う。


けれど、それは私にとってもお母さんにとってもメリットは何も無い。


それに、血だらけになって泣きながらベランダから逃げたくないから。


包丁が肩に置かれ、いつ首や肩を切られるか分からないあの恐怖体験を、また味わいたくないから。



私の必死な言葉を聞いたお母さんは、真剣な表情で頷いた。


｢もちろん、当たり前じゃない！…お母さんもね、再婚の話が出た時、怖かったから何度も確認したの。瀬奈に手を上げたら、お母さんに手を上げたら、って｣


その声を聞いていると、思わず私の身に起こった忘れられない怖い記憶が蘇ってくる。


泣いて、謝って、自分が悪いと言い聞かせ。


お母さんが帰ってきた途端、笑顔を作って。



｢……でもね、瀬奈。彼…キムさんは、本当に優しいの。絶対に、あなたに手を上げたりなんてしない｣