マンションの入り口から、勢いよくユキが弾丸のように飛び出してきた。

 キースが待っていたことも忘れて、そのまま走っていってしまった。

「あれ? ユキ、どうしたの? 待ってよ。一体何があったんだい」

 ユキはキースに呼び止められて、立ち止まるが、暫く放心状態で何も話せなかった。

 何があったか話したいとも思わない。

 無意識に自分の唇を手の甲で何度も何度も拭っていた。

 キースは気を遣って、それ以上何も訊かなかった。

 暫くの間、ふたりは無言で歩いていた。

 キースはまたあの歌を歌いだした。

 以前ユキがその歌で森の匂いを感じたものだった。

 そのメロディは耳に心地よく入ってくる。

 ユキはまた落ち着きを取り戻し、あの懐かしい森の中を歩いている気分を味わっていた。

「ねぇ、キース、その歌なんていう歌なの? なんだか森の香りがするの。そしてとっても心が落ち着く」

「これかい、森の緑の歌さ。森の木々たちが風に揺られて、森の守り駒に戦いの後や、休息のために時々歌ってくれるんだ。僕たちはこれを聴いてひと時の安らぎを得る。そして再び森に忠誠を誓うんだ」

「森の緑の歌か。あの森に居たけど、聴いた事なかった」

 ユキは森の記憶を辿っていた。

「人間には聞こえないんだ。僕たち森に住む者の耳にしか届かない音さ。僕もあの音をそっくり真似できないんだけど、ハミングする感じで時々口ずさむ。そしたら、あの森の香りが蘇って、そこに居る気分にさせてくれるんだ。ユキも少しは落ち着いたかい?」

「うん。ほんとあの森が懐かしくなる。私もあの森にまた帰りたいな。そしてずっとトイラやキースや森の仲間達と一緒に暮らしたい。私はあなた達の世界の方が好き」

 ユキが言い切ると、キースは考え込んだ。

「不思議だよね、自分の住むべき世界があるのに、他の場所に憧れてしまうって。僕はここの世界に憧れるな」

「へぇ、そうなんだ」

 ユキはキースに軽く微笑えむと、キースも優しく笑顔を返していた。

「ねぇ、キースは森の守り駒の中でも知識が豊富でしょ。聞きたいんだけど、命の玉って取るとどうなるものなの?」