次の日もやっぱり昼休みに、樹くんが迎えに来た。

いつものように非常階段に行くと、肩を抱かれキスをしてくれる。

優しく感じるキス…

制服の裾から手を入れようとした、伊月くんに言った。

「今日は…なんかしたくない」

「え?」

「したくない」

その言葉も御構い無しに、太股に触れた樹くんにもう一度言った。

「ヤダ!」

「は?じゃあなんでここに来たわけ?」

「え?」

「そのつもりでここに来たんだろ?じゃあ最初から来なきゃいいじゃん」

「樹くん…」

「俺のこと好きじゃないわけ?」

「好き…」

予想と果てしなく違う樹くんの言葉に、涙も出なかった。

したくなければ会わないの?

するために会ってるの?

「じゃあな」

その言葉だけを残して樹くんは、その場を離れて行った。

お姉ちゃんの言葉が、心に打ち付けられる。

『抱かれることで傷ついたらダメ。幸せになる抱かれ方をしなさい』

回数を重ねる度に、傷ついた私の心。

それでも気づかないふりをしていた。

歯車がいつから狂いだしのかは分からない。

でも、私の不安を口に出せなかった時点で、この恋は確実に違う方向に向いた。

思いやりのための我慢ではなく、傷つかないための我慢をした時点で、この恋はもう満開に咲けない恋だった。

もう一度、私の気持ちをきちんと言わなきゃ。

樹くんが分かってくれると、信じたい。

樹くんのことが好きだから、きちんと言おう。

最後のかけ。

軌道修正できるなら、もう今しかない。

放課後、部活の時に美月に相談した。

「美月、あのね…私、樹くんと喧嘩っぽくなった」

「え?そうなんだ…どうして?」

「…したくないって言っちゃった」

「そっか。でもどうして、したくないの?」

「…なんかそればっかりで、もっと一緒に笑ったり、たくさん話したりいろんなことをしたい。美月はどう思う?」

「私は…好きな人とはそういうこと、たくさんしたい。求められれば応えてあげたい。だって好きな人なんでしょ?陽菜とは少し違うかも」

「そうなんだ…」

やっぱり、私は贅沢なのかもしれない。

好きな人が、自分を求めてくれることは幸せなこと。

私は贅沢になりすぎたのかも…

明日の昼休みに、樹くんに謝ろうと思った。

でも結局、次の日の昼休みに樹くんは現れなかった。

あの場所に行けば、1人で物思いにふけっているのかもしれない。

私の昨日の言葉に、樹くんも傷ついているのかもしれない。

お弁当の途中に美月の携帯が鳴って、

「陽菜、ごめん。ちょっと行ってくる」

「え?どこに?」

「んー。はは、好きな人のところ?」

「え!?律くん?」

「うん」

そう言って、席を外した美月の背中を見送った。

そういえば最近、美月の恋話を聞いてあげていなかったことに、少し反省した。

でも今日だけは…

自分のことを考えたい。

ごめんね、美月。

そんなふうに思いながらも、お弁当を片付けて、いつもの非常階段に向かった。

そこで目にしたものが"16歳の私"にとっては、大切なもの奪った。

彼氏…

希望…

悦び…

トキメキ…

全部、奪ってしまった。

恋する気持ちも、恋したいと思う気持ちも…

親友も…

「どうして…やだ…離れて」

「…」

「美月…」

美月が、制服のボタンを直しながら言った。

「私…樹先輩のこと、ずっと好きだった。先輩が陽菜の腕を掴んだ、あの入学式の日からずっと…」

「美月…でも…」

「この非常階段を先輩と使っていたのは、私が先。陽菜が先輩にまだ何も許していなかった1学期。私が先に使っていたんだから…」

言葉の意味が飲み込めなくて、立ち尽くす私に美月が言葉を続けた。

「陽菜が盗んだんだよ。樹先輩は陽菜の彼氏かもしれないけど、ここでこうしていられるのは私の特権だったのに…。陽菜の方が泥棒だよっ!」

意味が分からない。

理解できない。

理解…したくない。

悪夢かもしれない。

それでも、そう願って樹くんに聞いた。

「樹くん…どうして?」

「正直…陽菜、重い」

「え…」

「陽菜のことは好きだよ。可愛いし…。彼女にして隣にいたら自慢。でも、抱いたら一生もんみたいな感情、重い。俺はまだ高校生だし」

「でも…美月は私の親友だよ?それに美月だって樹くんのこと…」

「美月ちゃんは、そこのとこ割り切ってるから。な、美月ちゃん」

「…うん」

嘘だ。

そんなはずない。

美月の言葉は、絶対に嘘。

せめて、親友だけは失いたくない。

ズタズタの心を寄せ集めて、すがるような気持ちで美月に言った。

「美月…やめよう」

「…」

「樹くんは、私たちがいなくても大丈夫だよ。きっとまた、樹くんのことを好きになる人が現れる。でも私…美月とは友達でいたい」

「…陽菜、私…幸せ。別に、樹先輩の気持ちとかどうでもいい。好きな人にこんな風にしてもらえるなら、それで幸せ。樹先輩とこうしていたい。私の方が陽菜より樹先輩のこと好きだから」

全部なくなった16歳の秋。

もう二度と恋なんてしたくない。

大切なものを失ってしまうから…

最初から大切なものは作らない方がいい。

傷つくだけだから…

恋なんてしない方がいい。

私はこの日、恋をやめた。