「っおい琥珀、話を聴いてくれ……」

また伸びてきた腕は、動乱するカヤの肩を押さえ、動きを封じようとしてきた。

それに抗いながら、カヤは涙をまき散らして喚いた。

「嫌だ!聴きたくない!お願い、帰して!私を帰してよっ!」

「落ち着けって!お前はあの国よりもこの国に居るべきなんだよ!」

「どうしてそれをミナトが決めるの!?こんなところ、帰ってきたくなかったのにっ……!」

もう相手が誰であろうと、例え目の前の人に怪我を負わせてしまおうと、そんな事を考える余裕も無いほどに身体中の力を全て振り絞って暴れた。

それなのにミナトの腕は本当に強くて、どうしても離れなくて。

それが狂ってしまいそうなほど嫌で、気が付けば腹の底から絶叫していた。

「放してっ……放してよ!放してえぇえええ!」

「――――おい、どうした!?」

混沌とした感情の中、やけに澄みきった声が割り込んできた。

ハッとして入口を見やれば、そこには驚愕顔の律が立っていた。

「り、つ……律っ……」

たすけて、と言うまでも無かった。

ミナトに無理矢理抑えつけられているカヤを見た瞬間、律は「馬鹿が!」と叫び、部屋に飛び込んできた。

「乱暴な事はするな!ったく、これだから男は!」

あっという間にカヤからミナトを引き剥がした律は、硬直しているカヤを振り向いた。

「カヤ、大丈夫だ。何も怖がらなくて良い」

そっとしゃがみ込んで目線を合わせてくれた律を、ゆるゆると見やる。

ミナトに投げつけたような乱暴な言葉とは打って変わった、温かく柔らかな声。

"カヤ"と久しぶりにそう呼ばれたからだろうか。

不思議なくらい一気に心が撫で付けられて、カヤは無意識的に頷いた。

律は少しだけ笑うと、ゆっくりとカヤの背中に両腕を回す。

「さあ、深く深呼吸をして」

自分でも驚くほど素直に呼吸が出来た。

律に抱き締められなら、カヤは頭のてっぺんから足の先まで本能的に安堵していくのを感じた。


「……落ち着いたか?」

そっと問われ、小さく頷く。

「良かった。ほら、寝台に戻ろう」

律に促され、どうにか寝台まで歩いて腰掛ける。

彼女はカヤの前に膝を付いて、力の抜けきった両手をその真っ白な指で包んだ。

「手が冷たいな……」

カヤの指の温度を確かめるように握り、そう呟いた律は、背後のミナトを振り返った。

「おい、ミズノエ。何か身体が温まる飲み物を持って来い」

しかしミナトは返答をしなかった。

まるで傷付いてるみたいな顔をして、放心したように立ちすくんでいる。

虚脱状態のミナトに、律は呆れたような溜息を付くと仕方無さそうに立ち上がった。