もういやだ。
―――――――琥珀、ねえ、琥珀。
なんにも無い。手に入れたのに。
―――――――琥珀ってば。
これ以上、何をすれば奪っていかない?
―――――――琥珀、眼を覚ましてよ。
助けて、わたしの、たった一つの、たった一人の。
「――――――琥珀っ……琥珀!おい!琥珀!」
ぴくり、と瞼が開いて、瞬間飛び込んできたのは、眼球を焼きそうな真っ白な光だった。
「うっ……」
その眩しさに呻いて、それからゆっくり瞬きを繰り返せば、徐々に視界が落ち着いてくる。
誰かが、やけに切羽詰まった声でカヤに呼びかけていた。
「おい、大丈夫か!魘されてたぞ!」
目の前には、大きくなったミズノエが居た。
(ああ、分かるわけない)
ぼんやりとそんな事を思って、彼に気付けなかった自分を憎らしく感じた。
女の子みたいに華奢だったのに、こんなに屈強な身体つきになって、ふわふわとしていた髪も、まるでその柔らかさを隠すかのように強く一つ結びにされている。
それに、あんなに弱々しかった声も顔つきも、すっかり男の人のそれになっているのだ。
「……分かんなかったよ……ごめん、ミズノエ……」
泣きそうになってしまって、思わず謝った。
「おい、琥珀……?」
戸惑ったような声が落ちてくる。
どうして、と思った。
せっかく会えたのに、どうして。
(ねえ、ミズノエ。どうしてそんな不思議そうな顔を―――――)
「っ、ひ」
ビクッ!と身体中を跳ねさせ、カヤは一瞬で飛び起きた。
視線を巡らせて確信する必要も無く、空気の匂いと眼に飛び込んでくる色彩だけで分かった。
ひやりと冷たい石壁と、壁にくり抜かれて作られている寝台、床に敷かれた麻の布。
―――――砦だった。冷たい要塞の、カヤの部屋。
「ど、っして……ここに……」
震える唇で恐怖を吐けば、ミナトの背後に立っていた人物が声を掛けてきた。
「おはようございます、クンリク様。お久しぶりですね」
不自然なほど滑らかな声に、心臓がひくつく。
相変わらず目の前の男は、完璧とも言える笑みを浮かべていた。
「ハヤセミッ……!」
歯噛みしながら呟けば、ハヤセミは、ふっ、と小さく笑った。
「ハヤセミ様、でしょう?」
「……な、にを言って……」
その瞬間、カヤは気が付いた。
ハヤセミの頭に乗せられている王冠の存在に。
(あの王冠は……)
間違いない。王が被る冠だ。
何度も見てきたから間違いない。
翠達と砦に来たときは、弥依彦が被っていたものだ。
それをハヤセミが被っているという事は―――――
「……まさか、謀反を……?貴方が王になったって言うのっ……?」
信じられない思いで呟けば、ハヤセミは笑みを深める。
考えたくもないが、それを肯定と受け取らざるを得なかった。