痛々しいその指に、そっと手のひらを重ねて、カヤは微笑んだ。

「ありがとう……絶対に大事にするね」

また少しだけ涙が出そうになっていると、ふとミズノエに見つめられている事に気が付いた。

「な、なあに?」

「へへ、琥珀の声、少し大人っぽくなってる。変な感じ」

何だか照れくさくって笑ってしまった。
カヤの笑顔を見て、ミズノエも釣られて笑う。


二人でくすくすと笑い合っていた時だった。



「――――ようやく声が戻ったか」

冷たいその声に、手を繋ぎ合っていたそのままの状態で、二人は固まった。

「王様……」

険しい表情の王は、部屋に足を踏み入れると、カヤが手にしている髪飾を見据えた。

何だか嫌な予感がして、カヤは髪飾を咄嗟に後ろに隠す。
だが、もう遅かった。

「ふむ……成程な。やはり魅入られたか」

鼻を鳴らした王は、次に呆然と固まっているミズノエに視線を移した。

「ミズノエ。クンリクの声を取り戻した事は褒めて遣わすが……お前は危険分子に成りうるな。消えろ」

本当に、驚くほどにあっさりとした命令だったため、二人はその意味を理解しかねた。

「え……?」

戸惑うミズノエに見向きもせず、王は衣を翻して部屋を出て行く。

「ハヤセミ。始末しておけ」

「は」

王と入れ替わるようにして部屋に入ってきたハヤセミが、腰の剣をスルリと抜いた。

切っ先は、真っ直ぐにミズノエを向く。

「ミズノエ。お前はいつかこの国を裏切るだろう」

"消えろ"、と。
王が発した言葉の意味を、ミズノエとカヤは同時に理解した。

「お止め下さいっ……僕は、そんな事……!」

勢いよく立ち上がったミズノエがそう訴えるが、ハヤセミは剣を収めるどころか、ツカツカと静かに歩み寄ってくる。

「兄様っ、やめて下さい……」

怯えた表情で後ずさるミズノエを追い詰めるハヤセミは、弟に刃を向けているとは思えないほどの無表情さだった。

「逆乱の芽は摘ませてもらう。悪く思うなよ」

「兄様、兄様ぁあああぁぁ!」

耳をつんざくような悲鳴は、まるで一思いに叩き切ったように、ぶちりと途切れた。



―――――ぼたぼたぼたっ!

重たい血の音がした。

後ずさったままの体勢で立ち尽くすミズノエの足元を、どくどくしい赤が濡らしていく。


カヤは確かに見た。
見ざるを得なかった。眼が離せなかった。

ミズノエの向こう側にあるはずの剣の切っ先が、なぜだかその華奢な背中から突き出ている光景から。


「ど、して……にい、さま……」

ずるり。
湿った音を立てて刃が這い出て行った後、ミズノエは力無く膝を付いた。

間髪入れず、その身体が横這い気味に床に倒れる。

恐ろしいほどの速度で、ミズノエを中心にして血だまりが範囲を広げていく。

それはもう、留まる事を知らないように。