はぁ、と息を吐くと白い煙が宙を舞って消えた。
ずっと原稿用紙の上で止まっていた手は寒さで悴んで握っていたペンを放り投げて、窓の外に視線を向ける。
もう三月だというのに、外は銀の世界が広がっていて、あまりの美しさが溜息を招いた。
暖炉をつけていても、1人だけの部室は中々暖かくならなくて、でも、それでいいと思う。だって、暖かくなると『あの日』が近づいていることを自覚してしまうのだ。
なら、この銀の世界で閉じこもっていたいと願う自分に苦笑いが零れた。
ゆっくり目を閉じた。
まうすぐ彼はここに来る。その予想通り、廊下に誰かの足音が響いた。不思議と私の口元はいつも緩んでしまう。
……まだバレるわけにはいかないのに。
扉の前で止まった足音の代わりに、高鳴る私の胸を落ち着かせようとしても、この心臓は言うことを聞かず、困ったものだ。
「さむっ」
寒さに肩をすくめて、急いで部屋へ入ってきた彼は、私を発見すると呆れたと眉を寄せて前の椅子に座る。その表情は、先ほどとは真逆に胸の奥がチクリと痛んた。
もしかして、私がここに居ては邪魔なのかな。
彼を真っ直ぐ見つめられない。
「お前、まだここに居るのか。三年生はもう授業ないだろ」
三年生の最後の冬は授業がなくて学校へ来る学生は殆どいない。誰も田舎道を、その上、積もった雪道を歩きたい人はいないはずだ。
私もそう思うのに、何故か私はここにいる。
「はい。最後に書きたい話があったから……」
「そのわりには中々進まないみたいだけど?」
ずっと同じページに留まった原稿用紙を覗き込んできて、身を乗り出して隠した。
まだ途中までしか書いてない恥ずかしさもあるけも、今読まれたら困る。悟られては困るのだ。
焦った私の態度に、彼は頭を乱暴にかき混ぜてくる。せっかく可愛くセッティングした髪はお陰でぐちゃぐちゃ。
人の気持ちも知らないで余裕ありげな姿に、ついムスっとしちゃった。
「露木先生はサボりですか」
「サボりじゃなくて、部活だ部活。一様顧問だからな」
その言葉にクスクスと笑う。
この学校は生徒人数が少なくて、私以外の文芸部は三人かいない。しかも三人は幽霊部員で、長くここにきていなかった。
それなのに、彼は部活でここに訪れたという。
可笑しくて、可愛くて、笑いは止まらない。