「僕は、男が消えた後、そいつが消えたところまで追いかけて行って、やみくもにこの刀を振り回した。でも、木刀が空を斬る音がするだけで、そこには誰もいなかった。あきらめて庭にもどると、今自分の身に起きたことがにわかに恐ろしくなった。だから、この本を捨ててしまおうかと思ったけど、どういうわけか、捨てることが出来なかった。あの男の、気配のない雰囲気は不気味だったけど、僕の足が自由を取り戻す、という言葉が、忘れられなかったんだ。僕はずっと長いことこの足に苦しめられてきた。」

アレセスの、いたずらっぽく光っていた目が、下を向き、少しだけ曇ったように見えた。

「この本が、何らかの形で僕をこの苦しみから救ってくれるなら、あの男が誰なのかなんて、僕にはどうでも良かった。歩けるようになりたかったんだ。」

こう言って天井を見上げたアレセスの目は、さっきの曇りを残していなかった。

それどころか、その目には、何か決意に似たものが感じられた。

「僕は、家の人に見られないように、本を隠してすぐに自分の部屋に入った。それから、ドアに鍵をかけて、本を開いてみようとした。でも、それが、接着剤で全部のページをくっつけてあるみたいに、ぜんぜん開かなかったんだ。」

アレセスは、ディアナの半信半疑な目を見ながら、ディアナの反応は当然だよ、という顔をした。

「僕は、あの男の言った意味は、この本の中身を見れば解ると思ったから、なんとかこの本の中身を見たかった。それで、カッターナイフを使ってページの端をはがしてみようとしたり、たたいたり、ひねくり回したり、反対側から開けてみようとしたり、僕に考えられるありとあらゆることを試してみたけど、どうしても開けられなかった。僕は、がっかりしたけど、いつか良い方法が見つかるかもしれないと思って、勉強机の引き出しに放り込んでおいたんだ。机の引き出しなら、本が入っていても家の人にあやしまれないからね。そして、それから何日かたったある日、僕が夕食を食べて部屋にもどってくると、机の引き出しから光が漏れ出していることに気がついた。引き出しを開けてみると、光が漏れ出しているのはあの本からだった。僕は、本を取り出した。すると…