アレセスは、悔しそうにきつい目をした。

アレセスの様子は、少年らしいりりしさにあふれていて、ディアナはドキッとした。

アレセスが志魂道(しこんどう)で試合をしているところが見てみたいと思った。

「その男は、驚いている僕のことをじっと見つめてた。僕は、急に自分が幻を見ているのではないかという、疑いにかられた。なぜなら、男には気配というものがまるでなかったからだ。ぼくは、その怪しげな人物に討ってかかるべきかどうか、決めあぐねていると、突然この本を僕に押し付けて、丁寧な口調でこう言ったんだ。

『この本を持っていてください。あなたの足は、違う形で自由を取り戻します。あなた自身のため、そしてユーディアのために。』

男は、それだけ言うと、山道を下って行ったんだ。僕は、何がなんだかわからなかった。その男が、本を押し付けている間、僕は金縛りにあってるみたいに、身じろぎ一つできなくなっていた。その上、男にはこちらに質問をさせないような雰囲気があった。僕は、話すことも、指一本動かすこともできず、男の歩いていく後姿を見ているしかなかった。すると、そいつは家の庭を出て、十メートルくらい行ったところで消えたんだ。」

「き、消えた?」

ディアナは、自分が聞き間違えたのかと思い、そう言った。

「僕の話がばかげて聞こえるのは解っているよ。僕だって、何が起きたのかわからなかったんだからね。君は人が消えるのを見慣れていないだろう。」

アレセスは、(君はまだ見たことがないんだね)という顔で、首を振りながらため息をついた。

驚いたディアナが、あなたは見慣れているの?と言いかけると、アレセスは表情を変えずに、

「僕も、見慣れていないんだよ。」

と、言った。ディアナは、緊張してアレセスの話を聞いていたばかりに、思わず飲んでいたお茶を噴き出した。

アレセスは、何食わぬ顔で話を続けた。