「僕は、この志魂道(しこんどう)を四歳のときから習ってるんだ。志魂道(しこんどう)は東の国の古い武道で、そこでは、竜は僕たちの考える悪魔の化身のような、あの恐ろしい怪物としての竜ではないんだ。竜は、悪いイメージではとらえられていない。かえって、竜は普遍性の象徴ととらえられている。竜のように知恵をもち合わせて賢くあれ、と言われ、竜の知恵としなやかな動きが理想的とされているんだ。だから、竜は志魂道(しこんどう)の紋章として使われている。そのせいもあって、僕は竜がとても好きなんだ。竜のことを考えていると、胸がすくような思いがして、そのときだけは、自分がこうして車いすに縛られているなんて事を忘れていることができる。そうして、僕も竜のように飛ぶことができないかなあ、なんてよく考えたりするんだ。ほら、飛ぶときには、足を
使わなくてもいいかもしれないだろ?」

アレセスが話していると、ジルミサーレが立ち上がって行って、アレセスの足元に体を横たえた。

アレセスが遠慮がちにジルミサーレの首筋をなでると、ジルミサーレは気持ちよさそうに、すみれ色の目を細めた。
アレセスは、うれしそうな笑顔をディアナに向けると、続きを話し始めた。

「あれは、志魂道(しこんどう)の試合があった日だった。ぼくは、試合には勝ったけれど、納得の行く勝ち方ではなかったから、確認のために庭に出て、素振りの練習をしてた。すると、庭に、一人の男がいることに気がついた。背の高い男で、今まで見たことのないやつだった。僕は驚いた。志魂道(しこんどう)は、武道の一つだし、志魂道(しこんどう)をやる者は、体を健常者の様には自由に動かせないから、人の気配というものには、特に敏感になるように訓練される。背後から忍び寄ってくる人の気配などには、その人物が自分から十m以上離れているときには、すでに構えの姿勢を取ることを要求されるんだ」

アレセスは、木刀に指を滑らせながら言った。

「あの時、僕は試合から帰ってきたばかりだった。そんなときは、感覚がいつもより研ぎ澄まされて、鋭くなっているものなんだ。それに、僕は、師範ほどにはまだ腕を上げたわけではないけれど、そこそこ人の気配には敏感なつもりだった。でも、そのときは、その男が自分から一メートルと離れていない所まで近づいてくるまで、まったく気がつかなかった」