俺が握った麗の手は、微かに震えている。
彼女の頬に手を添えると、麗は固く閉じていた目を開けた。
「麗……怖いか?」
五年間、男として振る舞ってきた麗。
まだ女として扱われることに慣れていないのだろうか。
「私…遼のこと好きだから……」
麗が、私と呼ぶのを初めて聞いた。
そう言って、俺の手をぎゅっと握りしめる麗。
麗の緊張が解けるまで何度もキスをする。
麗の髪を撫でると、唇をふさいだまま、そっとあいつの体に触れた。
翌朝、俺は一つの曲を麗に手渡した。
麗をイメージして作り上げた曲。
まだ仕上がったばかりだ。
「この曲はお前に歌ってほしい。作詞はお前に任せるから」
「でも、俺はまだStreamに残れるかわからない……」
麗は、複雑な表情でデモテープを受け取った。
「言っただろう。お前を辞めさせたりしないって」
麗からデモテープを取り上げ、その曲を流し始める。
「この曲は俺らしくない感じがする……」
そう言いながらも、真剣に耳を傾ける麗。
どこか切ないけれど、温かさが残るメロディー。
「俺は……お前にぴったりだと思う」
「そうか……?」
はにかんだ笑顔を見せ、また音楽に聴き入る麗。
その曲を聴く麗の目には、涙がたまっていた。
そして、麗が作詞したこの曲の題名は……
『Bitter tears』
俺達は、桜井社長のもとへ向かう。
この事務所を一代で築き上げた女社長。
経営者として、優秀なのは間違いない。
しかし、人として大切なものがどこか欠けている。
俺達は金もうけの道具でもなければ、あの女の操り人形でもない。
自分の意思を持った人間だ。
これ以上、あの女の思い通りにはさせない。
まだ不安そうな麗の肩を抱いて、部屋を後にした。
部屋を出た時、小さな女の子が歩いてくるのが見えた。
昨日、一緒に麗を探し回ってくれた舞。
俺達二人の姿を確認すると、なぜか気まずそうに目をそらした。
「おはよ」
「おはようございます……」
俺から声をかけると、少し焦った様子で笑顔を作る舞。
「おはよ」
麗もその子の存在に気がつくと、照れくさそうに笑った。
この二人は、どこか通じるものがあるのだろうか。
「桜井の所に乗り込んでくる」
舞にそう告げて、麗に目で合図を送った。
「行くぞ」
「遼さん!」
二人で歩き出そうとした時、舞は大きな声で呼び止めた。
「私も連れて行ってください」
三人で事務所の本社へ向かう。
麗も、決意は固まっているようだ。
俺はこれまで何度か社長に意見することはあったが、麗が桜井に反抗するのを見たことはない。
あの女社長の力は、うちの事務所では絶対的なものなのだ。
だが、今回ばかりはあの女に従うことはできない。
例え俺達全員が首になったとしても、麗だけを切り捨てるような真似はさせない。
社長室の分厚い扉の前に立つ。
二回ノックして、勢いよく扉を開いた。
「失礼します」
俺の後に続いて、麗と舞も社長室に入る。
「珍しいわね。三人もそろって」
このタイミングで、なぜ俺達が押しかけてきたのか
優秀な女社長なら、聞かなくてもわかっているはずだ。
しらじらしくそう言い、手元の書類から俺達のほうへ視線を移した。
「桜井社長、お話があります」
俺はこみ上げる怒りを抑え、社長の机に歩み寄った。
「麗が脱退するなんて話、俺は聞いてません」
「その話…?
麗と二人で決めたことよ」
まともに取り合う気がないのだろうか。
女社長は、俺の話に興味などないかのように書類へと視線を戻した。
「どうして麗が脱退する必要があるんですか?俺には納得できません」
書類を読みふけっている女社長に向かって、強い口調で言った。
「そのほうがいいでしょ。
麗のためにも……他のメンバーのためにもね」
こいつは、常に自分の意見が一番正しいと思い込んでいる。
他人の反論を許さない口ぶりが耳についた。