「ジュリに……キスが下手くそって怒られた」
慰めの言葉をかけてやるべきだったが、ついうっかり笑ってしまった。
「そんなに笑わなくてもいいじゃん……」
和樹は、すねたような目で俺をにらんでいる。
「それは……ジュリに教えてもらえばいいだろ」
「そんな情けないこと言わないでよ……俺だって、もう大人なんだし」
ジュリアも俺も和樹をからかって遊んでいるだけだが、本人は真剣に悩んでいるようだ。
「ジュリのほうが大人かもしれないけどな」
「それ、どういう意味?どうしてわかるの?
……やっぱ、ジュリと付き合ってたんでしょ?」
こいつは、冗談を真に受けてしまうらしい。
俺は、笑いをこらえながら答えた。
「それは……教えられないな」
「遼の意地悪……!」
ふてくされた顔で、俺を追いかける和樹。
こいつのほうが、ジュリアより女々しい気もするが……
意外と相性はいいのかもしれない。
こいつには、ジュリアの心の支えになってもらいたいものだ。
「和樹、頑張れよ!」
そう言って、和樹の肩をポンと叩いた。
ジュリアの件は、一切公になることはなかった。
マスコミの目をそらすために、麗と新人の女の子とのスキャンダルが大きく報道されている。
ジュリアは精神的にもかなり回復し、来週には生放送の音楽番組で復帰することになっている。
ここまでは、桜井社長の思惑通りに進んでいるように見えた。
しかし、ジュリアのことに気をとられて、完璧な女社長にも隙ができてしまった。
五年間守り続けた秘密……
この情報を一人の記者がつかんでいた。
このことに、桜井社長はまだ気づいていなかったのだ。
麗は、女なのではないか……
そんな噂が、水面下でささやかれ始めている。
情報の出所はわからないが、ネットの掲示板ではかなり具体的な情報も飛び交っている。
麗の本名や出身校……
本人から聞いたことはなく、この情報が真実かはわからない。
この噂は、時が経てば治まるのだろうか。
一人でパソコンに向かう麗。
頬杖をつきながら、食い入るように画面を見ている。
「そんな真剣に何見てるんだ?」
俺が後ろからのぞき込むと、麗は慌ててマウスに手を伸ばした。
「何でもない……」
麗はすぐに画面を閉じたが、それがネットの掲示板であることは確認できた。
「そんなとこ見ても、まともな情報載ってないだろ。目が腐るだけだ」
「遼だって、たまに見てるだろ。この前、新曲がよくないって書かれて怒ってたくせに……」
パソコンの電源を落として、麗は振り返った。
「見てないこともないが……気分のいいものじゃない。お前はやめておけ」
「うん……」
俺の言葉が、耳に届いているのかはわからない。
麗は、物思いにふけったまま返事をした。
「なぁ、遼。
俺ってさぁ……そんなに男に見えない?」
不安そうな顔でのぞきこむ麗。
麗から、こんなことを聞かれるのは初めてだ。
「あの噂のことか……?」
麗は、無言でうなづいた。
「噂なんてそのうち治まるもんだ。あまり気にするな」
そう言ってみたものの、噂が真実だった場合は……悪い方向に進んでいくのだろうか。
出所がわからない噂話を消すのは、意外と難しいのかもしれない。