見上げる空は、ただ蒼く












「スマホ、ありがと。」

彼は私に突きつけるように
スマホを返すと
すぐさまどこかへ走っていく。

きっと病院に行ったんだ。

私も早く、行かなきゃ。
そう思うのに足が動かない。

「葉音、顔色悪いよ。どうした......
もしかして...そんなわけ、ないよね?」

凜も私の態度で気付いたらしい。

「結乃が、死んだ。」

私の言葉に彼女は嘘だよね、
と呆然とした表情で虚空を仰いでいる。

私たちがそこに佇んでいると、
またしても私のスマホが鳴った。

「もし、もし。」

今、電話どころじゃないです。
そう言って切ろうとした。

そのとき。

「此代坂総合病院です。先ほど
神影さんの意識が戻りましたよ。」

これは。




どういうこと?
私が混乱して返事をしないでいると
凜が私の手からスマホを奪い取った。

「はい......そうですか、はい...
......ですね、分かりました。
すぐにそちらに向かいますので。」

凜は少し話をして電話を切ると、
私に真剣な眼差しを向けた。

「葉音、最初に掛かってきた
病院の電話の番号、私に教えて。」

意味が分からないまま、
私は着信履歴に刻まれた
番号を読み上げる。

「0000-7713-33339。」

凜は言った。

「それは、病院の番号じゃない。
2回目に掛かってきたのは
本物の病院の番号だったけど、
1回目はダミーだったんだよ。

葉音、結乃に会いに行こ。
奏は先に行ってるはずだからさ。」

良かった。
結乃は、生きてたんだ。


私たちは急いで病院に向かった。
「......ごめん、ごめん。」

さっきから口を開けば
同じ言葉しか、出てこない。


俺のせいで。

俺が遅かったから。

凜と璃依の入れ替わりに
気付いてたのに言わなかったから。


俺のせいで結乃が死んだ。











俺が結乃を殺したんだ。


























君へ謝らないといけない。

君へ償わないといけない。

君に、伝えないといけない。











「......さよなら、愛しい人。」
視界が、開けた。

光の眩しさにそっと瞼を
持ち上げると、白に統一された
そこは病室だった。

私、死んだのかな...?

手元にあったナースコール、
自分の生死が分からず
混乱しつつそれを押してみると

数分も経たないうちに看護師さんが
病室にぱたぱたと駆け込んできた。

「神影さん、目が覚めたんですね!
今、医師を呼んでくるので
少しの間そこで待っていてください。」

私は頷き窓の外を見た。

僅かに開かれた窓の隙間から
爽やかな風が流れ込んできて、
私の頬をくすぐる。

しばらくすると医師が来て
記憶の欠落がないかいくつかの
質問をされたあと検査をして、

腕など数ヶ所の骨折があるが
昏睡状態の間にほとんど治っていて
自宅療養が可能だと言われた。

「電車に轢かれたのにここまで
傷の回復が早いのは珍しいよ。」

と医師に言われたほど
私の怪我は軽いものだったらしい。

ただし数日間ずっと
眠り続けていたけれど。
医師が病室を出ていったと
ほぼ同時に、葉音が息を切らして
病室に飛び込んできた。

「は、おん......?」

眠り続けていたせいか
少し出にくいかすれた声で
葉音の名前を呼ぶと、
彼女は良かった、と1言呟いて
病室の床にへたりこんだ。

「あのね、結乃。よく聞いて。
今回の事件の犯人は凜じゃないよ。」

そう言って葉音は、
私が眠っている間に奏と2人で
突き止めた真相を話してくれた。

犯人が凜ではなく璃依だったことや、
偽の電話が掛かってきたことを
聞いたときはさすがにかなり驚いた。

璃依なんて、もう何年も
顔さえ見ていないと思っていた。

それに病院の名を語って人を
亡くなったと偽の情報を流す人は
最低だと思う。

葉音がすべてを話したあと、
不思議そうに首をかしげた。
「奏は1通目の偽の電話を
聞いてすぐに走っていったの。

てっきり先に結乃の病室に
来てると思ったんだけど
結乃のとこに奏は来てない?」

私は首を横に振って、
それからハッと気がついた。

奏は自分を責めてるんだ。

自分が私たちの生まれの関係を
言わなかったせいで、私が
自殺未遂したをって思ってるんだ。

きっと奏は償おうとする。

命には命を。




彼が走って向かったのは
私の病室なんかじゃない。

























奏は、自殺する気なんだ。
考えている暇はなかった。

私はベッドから飛び降りて
驚く葉音の横をすり抜けて走った。

入院着のまま病院を出て
私たちの住む県で最も有名な
自殺スポットに向かう。

折れている腕が痛むけれど
そんなの気にしていられない。

奏の命がかかってるから。


黒鷺の崖。

私たちの住む県にあるこの崖は
毎年かなり多くの自殺者を
生み出すことで有名な場所。

そういえば少し前にネットに出回って
流行した、黒鷺の崖で自殺をすれば
罪を償えるという都市伝説があった。

奏は黒鷺の崖に行く。

罪を償うつもりなんだ。

呼吸が苦しくなって足がもつれて
それでも前だけを見て走った。

奏を自殺させてはいけない。

今ここで奏が自殺すれば、
奏を殺したのは私ということになる。

君を助けたい、ただそれだけ。



「待ってよ、愛しい人。」
少し前に、クラスメートから
そこの話を聞いたことがあった。

『黒鷺の崖で自殺すると、
自分の犯した罪を償えるらしいぜ。』

そのときは罪ってなんだよって
思ったし興味がなさすぎて
そのまま話題をスルーしたけれど、

よく考えてみれば人を殺したやつが
自殺することで罪を償うのは
正しいことなんじゃないのかと思った。

俺は結乃を殺したんだ。

死んで償うべき罪がある。

頭の中でいろいろなことを
考えながら走っているうちに、
気付けば崖についていた。

誰も居ないことに安堵しながら
ゆっくりと崖の淵へ歩みを進める。

1歩歩く度に、結乃との
たくさんの思い出が蘇った。

高い声、澄んだ瞳。

純粋無垢な明るい笑顔。

その全てが好きだったんだ。

崖の淵に立つ。
下を覗きこむとくらりと目眩がした。

この高さからとべば、
俺は真っ逆さまに落ちて
確実に死ねる。

「好きだった。ごめんね。」

最後の1歩を踏み出そうとしたとき。









「待ってよ!」







愛しい君の声がした。