2月14日
やたらと女子からチョコレートを貰う日だ。
「いらない」と返しても、「貰って」と無理やり押しつけてくる。
この量のチョコレート…どうすればいいんだよ。
翔也にでも渡せば喜ぶかな?
「航、おはよ…って、朝からすごいな」
「おはよう。翔也にあげるよ」
「え…いや、俺は…」
「おはよう、水野くん。すごい量だね…」
「堀江さん、おはよう。あれ? 暮沢さんは?」
「陽菜は体調悪くて今日はお休みなの」
「そうなんだ…」
2人で学校に来たから少し嬉しそうだったんだな、翔也は。
そして、堀江さんからチョコレートでも貰ったのか。
「まややにあげたら喜ぶんじゃない?」
「眞矢も大量に貰ってると思うけど」
「おっはよ〜。わぁ! チョコレートだ! 食べてもいい?」
「おはよう。別にいいけど、眞矢は貰ってないの?」
「あー…全部断ってる。だって俺は、美咲ちゃんからしか受け取らないって決めてるからね!」
そう言いながらラッピングのリボンを解いて、チョコレートを食べ始めた。
「んー、美味しい! これ、誰から?」
「知らない」
「作った女の子、かわいそう〜」
「この量食べるのにどれだけ時間かかると思ってんだよ。カロリーだって絶対大変なことになるし」
「そう冷たいこと言わないの! みんな泣きそうになってるよ?」
辺りを見回すと女子たちの視線はオレに集中していた。
「あ、あとで食べるよ……そろそろ時間だし。眞矢も早く教室に戻りな」
「ごちそうさまでした〜」
はあ……
暮沢さんは欠席だし、女子からは冷たい視線を送られるし、どうしたらいいんだ?
☆☆☆
「航。今日の部活、自由参加だけどどうする?」
「今日は家の手伝いしないとだから…ごめん。部長にも伝えといて」
「りょーかい!」
本当は部活に行こうと思ったけど…こんな気持ちじゃ絶対集中できない。
「水野くん!」
名前を呼ばれて振り返ると、クラスメイトの女子が上目遣いでオレを見ていた。
「なに?」
「じ、時間ある?」
「少しなら…」
「あ、あの…話したいことあるから移動してもいい?」
「うん」
オレたちは普段使わない階段の踊り場に移動した。
「話ってなに?」
「わ、私…ずっと、水野くんのこと気になってて、それで…今日はバレンタインだから、マフィンを作ってみたの。よかったら、受け取ってください!」
オレのために作ってくれて……
それを分かった上で断ったらすごく嫌な奴だけど、でも……
「ありがとう。その気持ちだけで嬉しい。だから…」
顔を上げた彼女は今にも泣き出しそうだった。
もし今目の前にいるのが暮沢さんだったら……素直に受け取っていたのに。
そんなことを思ってしまうオレは最低?
「ご、ごめん」
「……陽菜ちゃんだったら、受け取った?」
「え?」
「陽菜ちゃんが作ったお菓子だったら、笑顔で受け取るんでしょ?」
なにも答えないオレに、彼女は悲しそうに笑った。
「一生懸命作ったのには変わりないんだけどな……やっぱりそうなんだ。時間取らせちゃってごめんね」
パタパタと彼女は小走りで去って行った。
悪いこと、しちゃったかな……?
☆☆☆
「航、休憩入りな〜」
「うん」
自分の部屋に戻ってベッドに横になった。
はあ……疲れた。
カバンには大量のチョコレート。
さっきの彼女の表情が頭から離れない。
罪悪感に押しつぶされそうになる。
なんでこんな気持ちにならないといけないんだよ……
負の感情が自分を取り巻いて、払っても払っても払いきれない。
こういう時は……
机の上のスマホに手を伸ばし、優兄に電話をかけようとしたその時——……
オレの手の中でスマホが震えだした。
画面に表示されたのは『暮沢さん』の文字。
「もしもし?」
『……水野。突然ごめんね』
「体調は大丈夫?」
『大丈夫だよ。あの、今から桜田公園に来れる?』
「え?」
『お家の手伝いが忙しいなら無理しなくて…』
「急いで行く」
暮沢さんの言葉を遮ってオレが答えると、少しの沈黙が流れた。
「暮沢さん?」
変なこと言ったかな?というオレの不安なんて知る由もなく、
『……うん。待ってる』
暮沢さんの声はいつもみたいに笑っていた。
***
「お母さん、今日学校休む」
「はあ? 何言ってんのよ。元気でしょ!?」
「体調悪いのー!」
「ひぃ、遅刻するよ」
「うるさい! 翔は黙ってて!」
だって…だって!!
今日は2月14日。
私だって女の子だもん。この日くらい頑張りたいじゃん!?
でも、うまくいかなくて……結局完成しなかった。
別に明日遅れて渡せればいいのかもしれないけど、周りのみんながあげてる中、私だけあげないのも変じゃない?
……別に、好きな人なんていないけどさ。
「……ちゃんと勉強するのよ」
「はーい」
ズル休み、しちゃいました。
とにかく今日中に完成させよう!
材料を揃えるために、近くのスーパーに買い物に出かけた。
えっと……チョコレート売り場は…
「陽菜ちゃん?」
聞きなれた声に振り返る。
「美咲さん!?」
優さんと買い物に来ていた美咲さんと会った。
「学校は?」
「休んじゃいました」
「体調悪いの?」
「いえ、元気です。ただ……」
美咲さんと優さんに事情を説明した。
「それなら、今から家に来ない? 一緒に作ろ!」
「え!? いいんですか?」
「優くんもいいよね?」
「うん」
こうして、美咲さんによるお菓子教室が開催された。
***
「できた!」
「可愛い!」
美咲さんのおかげで、チョコシフォンケーキが完成した。
「本当にありがとうございました!」
「お役に立ててよかった! きっと彼も喜んでくれるよ!」
「え…」
私、誰に渡すかは言ってないけど……
まあ、いっか。
「そろそろお昼だね」
「陽菜ちゃんもお昼食べていきなよ」
「何から何まですみません」
「遠慮しないで。美咲と航と仲良くしてくれてるお礼だから」
そう言ってにっこりと笑う優さんが輝いてみえる。眩しい!
***
「もうこんな時間!? 長居してしまってすみません!」
「送っていくよ」
「ありがとうございます」
2人の優しさにすっかり甘えてしまった。
ほんっとに憧れる。幸せそうで羨ましい。
「あ、そうだ。陽菜ちゃんにアドバイスしてあげる」
「アドバイス、ですか?」
送ってもらう車の中で、美咲さんは私に耳打ちをした。
「え!? そんなこと……べ、別に好きとかじゃないので…」
「えーだって、一生懸命作ってたじゃん。学校まで休んだんでしょ?」
「そ、それは…」
「とりあえず、陽菜ちゃんの気持ち伝えよ?」
「はい」
……あれ? なんで私、こんなに緊張してるんだろう?
☆☆☆
「暮沢さん」
「…水野。早かったね」
そう言って笑う暮沢さんの隣にそっと座った。
「どうしたの?」
オレの問いかけに彼女は紙袋を差し出した。
「これ、作ったの。受け取って…ください」
「ありがとう」
可愛くデコレーションされたシフォンケーキ。すごく美味しそうだ。
「実は…体調悪いのは嘘で、お菓子を作るために学校休んだの。どうしても今日中に渡したくて……」
「他の人にもあげたの?」
「……水野だけだよ」
その言葉に、オレの周りだけ時が止まった。
期待してもいいのかな?
「そっか。オレのためにありがとう」
「どういたしまして」
彼女の笑顔に何回落ちただろうか。
「あ、ちょっと待ってて」
オレは公園の近くのカフェに向かった。