広い草原に一人大の字に寝転ぶと体に感じる様々なものに神経を張り巡らせる。
動物の鳴き声。頬を撫でる爽やかな風。暖かな太陽の光。

「今日はいいお昼寝日和だなあ〜」

そうつぶやくとゴロリと寝返りをうってくの字に曲げた腕に頭をのせる。するとたちまち眠りの世界へと誘われていく。
気持ちいい⋯⋯。おやすみなさい⋯⋯。



目を覚ますとあたりはすっかり夕焼け色に染まっていた。
起き上がり大きく伸びをすると地平線の彼方に見える大きな太陽を見つめる。

「綺麗な夕日⋯⋯」

今日は随分ゆっくりとお昼寝できたな。
その分沢山母さんに叱られそう。はやく帰らなくちゃ。
そう思って立ち上がるとシャンシャンという鈴の鳴るような音が聞こえてきた。

あたりを見回してみる黄色と白と黄緑色の手のひらサイズの光の玉が浮いていた。

これが音の発生源だと思うけど⋯⋯。
一体何なんだろう。

その光をジーッと見つめているうちにある考えが浮かんでくる。

そういえば昔父さんに読んでもらった本に魔法使いが契約する時だけ可視化できるという精霊の存在がかかれていたっけ。

明確な理由は何もないんだけど、なんだか、そんな感じがする。

何かを必死に訴えるように私の周りを飛び回りシャンシャンと音をたてる精霊達。

「くすぐったいよ」

笑いながらそういうと精霊達は一層シャンシャンという音を強めた。

「わかった。わかったから」

私が観念したようにそういうと『ついてこい』とでも言うように三つとも同じ方向へ進み出す。
私はそんな精霊達を追いかけてまだ眠気でぼんやりする頭を抱えながら駆けていった。



「ええ⋯⋯。これ、どうしろっていうの?」

精霊達について駆けていくと見たこともないような大きな溝が目の前にあらわれた。
パックリと口を開けたその大地の裂け目はのぞけばのぞくほど漆黒の闇がこちらに迫ってきているような錯覚に陥る。

向こう岸など見えず、というかないのかもしれないが、とにかくそこには無限の闇が広がっていた。

闇の中へ飛び込め、と言わんばかりにシャンシャンと音を鳴らす精霊達には流石に苦笑いを浮かべる。

「いやいや、流石にこれは無理だよ」

『ベジーー!!』

「え⋯⋯なに今の⋯⋯頭の中にキーンって」

誰の声だろう。
出てきそうなのにでてこない。
いつもならここでまあいっかってなるけどそうもならない。
思い、出さなくちゃ。

「タグ!!」

その名が浮かぶと私は真っ先に闇の中へと飛び込んだ。そんな私の周りを精霊達が囲む。
真っ暗な闇の中。落ちているのか、浮いているのか、それとも上がっているのか。全くわからない中必死に目を開けて光を待つ。

そんな時だった。
一筋の光が下からさしてきてそれはやがて大きな光をとなり私と精霊達を包んでいった。



「⋯⋯っ!」

目を覚ますと前方に肩から流血し倒れ込んでいるタグと館の主である女の人がいた。
私は立ち上がると真っ先にタグの元へと駆けた。
頭がグラングランするが今はそんなこと気にしていられない。

「タグ!」

「あら、起きちゃったの?」

そういって振り返った女の人の顔や体にはベットリと血がついている。
そのことに思わず息を呑むがすぐに母さんが父さんを叱るような口調で
「あなたがタグを傷つけたの?」
と問う。

「ええ、そうよ。彼、エルフだけれど結構美味しいわ。血を舐めただけでわかるのよ。そいつが美味いか不味いか」

これって、悪い夢かなにかじゃないよね?
もしそうだとしたらさっきのが現実で今のは悪夢。もしそうじゃないとしたらさっきのが夢で今のが現実だ。

「彼、エルフにしては欲が強くてね。『消えたい』とか『死にたい』とかいう欲求がすごく強いの」

消えたい?死に⋯⋯たい?⋯⋯。なにそれ⋯⋯。

その瞬間私の中であることに合点がいった。
タグが何もなしに飛び降りようとしてたのってまさか

「どいて!」

先ほどまで私の中で溢れかえっていた恐怖など嘘のように消え去りタグに対する怒りがフツフツと煮えたぎってきた。

女の人はそのことに拍子抜けしたようですんなり私を通してくれた。

倒れ込んでいるタグを抱き抱える。
息もたえだえな彼に今私がすべきことは一つ。

パシンッ
平手打ちした音が白い空間に虚しく響く。

「え⋯⋯⋯⋯ベ⋯⋯ジ⋯⋯起きたんだ⋯⋯」

微かに開いたマリンブルー色の瞳を細めて優しくそういったタグの金髪がフサリと私の腕に落ちる。

「起きたよ。あとすごく怒ってる。」

そういった途端に私の視界にジワリと涙が溢れた。

「消えたいとか、そんなの、悲しすぎるよ。一緒に生きようよ」

涙がとめどなく溢れてきて私の言葉を聞いた直後のタグの顔はぼやけてよく見えなかった。
けど涙を吹くとそこには優しくも哀しい笑顔があった。

「ありがとう」

私の肩にまるで何かから庇うようにタグの腕が回されハッとして振り返るとタグの腕に深く悪魔の爪が刺さっていた。

「ど、どうしよう⋯⋯ごめん⋯⋯ごめん」

涙が溢れるばかりで何も言葉がでてこない。何も出来ない。
生まれてこの方野菜を育てたり家畜を世話することしかしたことがないからこんな、悪魔との戦いなんて考えたこともなかったしどうすればいいのか検討もつかない。

「⋯⋯け⋯⋯いや⋯⋯く⋯⋯」

かぼそい声音でつぶやかれたその言葉に必死に頭を働かす。

「契約!」

タグが精霊達と契約しているように私も契約すればいいんだ!
でも、どうやって?そんな疑問も浮かんだ瞬間に消え去った。
私は振り返ると今まで生きてきた中で一番の大声で
「私と契約してください!!」
と叫んだ。

その瞬間悪魔の周りを金色の輪っかが囲み悪魔は身動きがとれなくなった。
そのことに驚いたのか悪魔は驚いた表情で金色の輪っかと私を見比べた。

「············あんた、本気であたしと契約しようとしてる?」

「うん。本気だよ」

「死ぬわよ、あんた」

「なんで?」

「は?そんなこともわからないの?そいつ見てたらわかるでしょ」

「うん、そうだね、あなたがとても凶暴で乱暴な悪魔だってことはわかるよ。」

「だったら今すぐやめなさいよ。本気で後悔させてやるわよ!」

そういってから口元を歪めて
「いいえ、後悔も出来ないようにしてあげるわ」
と言い放つ悪魔。

「じゃあ、私は私と契約してよかったって思えるような人になる」

「⋯⋯⋯⋯」

黙り込みまっすぐに私の瞳を見つめてくる悪魔。

「⋯⋯なんにも考えてない天然ボケの田舎娘」

「うん、そう。でも、私頑張るから」

光を宿していなかった漆黒の悪魔の瞳が徐々に明るくなっていく。
何かを考え込むような悪魔。しばらくの沈黙。

これで失敗したらどうなってしまうんだろう。そんな質問の答えはどれも最悪なものばかり。大丈夫。きっとうまくいく。
苦しいくらいに鼓動がはやくなる。

悪魔は少し呆れたようにひとつ目を閉じてから大きくため息をついた。

「私の名前はセレナ。」

開かれた瞳は悪戯そうに、けれどとても輝いて見える。

「そうなんだ、よろしくね、セレナ!」

「よろしくね、じゃないわよ。とっとと契約の儀を済ませなさいよ」

そっぽを向いてムスッとそういうセレナ。

「契約の義⋯⋯ってどうやるの?」

「はあ?あんた、粛清の輪を出しといて契約の義を知らないってどういうことよ。いい?名前を呼んで後は適当に我と契約したまえとーかなんとか捧げものしながらいうの。あと言っとくけどね、あんたと契約してやるのはあくまで退屈しのぎ。契約したってあんたのこと傷つけないとはかぎらないんだからね」

「うん、わかった。でも捧げものなんて⋯⋯」

「これでも使ったら?」

そんな声に振り返ると先ほどまで血を流して倒れ込んでいたタグがそんなの嘘みたいに出会った時と全く同じ装いで私のすぐ後ろにたっていた。

「え?タグ!?ケガはどうしたの?」

「どこぞの悪魔さんが治してくれたみたいだよ。ほんとに意味がわからない悪魔だよね」

そういってタグがセレナを一瞥するとセレナが意地悪く笑う。

「なあに?お望みなら今度は瀕死にしてあげたって構わないのよ。私は。第一私退屈がしのげればなんでもいいし」

「それはどうも。でももう間に合ってるから」

嫌味っぽくそういうタグから手渡されたのは金色の細かな細工が施された綺麗な指輪だった。

「え、いいの?タグ。捧げものにするんだよ?」

「いいよ。⋯⋯そんなに……大事なものじゃないし」
「?そうなんだ。じゃあ、遠慮なく」
そういったところであることに気づく。

「もうタグを守る必要もないしセレナは攻撃してこないみたいだし契約しなくてもいいんじゃないかな?⋯⋯」

その発言の後暫く沈黙が続いたがセレナがすかさず、といった感じで
「契約しなかったらまた暴れだすかもしれないわよ!?」
といいだす。その迫力に驚き言葉がでずにいるもタグが一つ大きなため息をつき、呆れたような口調で語り出した。

「この悪魔さんは契約して《《欲しい》》んじゃない?察してあげなよ、ベジ」

「え、そうなの?セレナ」

「そんなわけないでしょ!?ちょっとそこのエルフの小僧なに考えてんのか知らないけどねホラばっかふいてるとあとで痛い目見るわよ?」

艶やかな赤い唇をニイッと歪めるセレナ。
それによってセレナの犬歯がよく見えるのだが悪魔というのは随分と長い犬歯をもっているらしい。犬みたいだ。いや、犬というよりはドラキュラに近いかもしれないが。

「第一に悪魔は本当の意味で契約することなんてできない。いや、できないというかできるはずないんだよ。彼らは人の欲を利用して契約したり契約して利用したりするけどそのほとんどが偽りの契約なんだ。彼らはそうやって人間の欲を利用して操ったり利用したりするのが大好きだからね。」

「そうそう、よくわかってるじゃない、坊や」

そういって笑顔を浮かべるセレナにタグはきみの悪いものでもみたような表情になる。

「はあ⋯⋯。ベジ」

そういうとチョイチョイと手招くような仕草をするので慌てて近くによって耳を傾ける。
おじいちゃんが喋るときはよくこうやって手招きされて耳を近づけていたっけ。耳元で呟かれる言葉がくすぐったいという思いに負けて全然聞き取れなかったのがなんだか懐かしい。

「彼女の周りの金色の輪、あるだろ。あれ、あいつの力なら消そうと思えば一瞬で跡形もなく消せるんだ。ついでにいうと僕とベジを殺すことだって一瞬でできてしまう。なにせ僕のあんなに負っていたケガを一瞬でしかも声にださずに消し去ったんだからね。彼女はかなりの魔法使い手だ。もしかしたらあの伝説の⋯⋯」

そこまでいうとゴニョゴニョと聞き取れない声音になってしまう。

「?なあに、タグ」

「⋯⋯いや、そんなことあるわけない。とにかく、彼女は何を考えてか契約されたがってるんだよ。はやく空気をよんで契約しないとさっきの状況に逆戻りだ」

『空気をよんで』か⋯⋯。母さんにもよく言われたなあ。

「わかった。やってみるよ」

「ちょっと!私抜きでなにコソコソしてんのよ」

明らかにむすくれた表情になるセレナに微笑みかける。

「ううん、なんでもない。じゃあ、契約するね」

「はあ。やっとなの?まあいいわ。契約したらたっぷりこき使ってやるから」

そういってニヤリと笑ったセレナに苦笑いしながらもタグからもらった金色の指輪をセレナにかざして腹の底にたまるように大きく息を吸った。

「悪魔セレナよ!我と契約したまえ!!!」

その途端辺りを強い光が包み、目の前にいたはずのセレナは消えていた。

「え⋯⋯あれ?」

「騙されたか」

タグが妙に合点がいったような表情になった、その時

「あたしはここにいるわよ。なに裏切り者扱いしてんの。っていうか、あんた、声大きすぎ。あんなに大声ださなくても聞こえるっての」

そんな声が聞こえてくる。
けれどあたりを見まわしてみてもどこにもセレナの姿はない。

「やっぱり騙されたか」

「だから騙してないっていってんでしょ、エルフの小僧!ここよ、ここ!」

ふと左手の小指が強い熱を感じて見てみるとタグからもらった金色の指輪が気づかぬ間にはまっていて光と共に熱を発していた。

「あ、ここみたい」

そういって私が左手をかざして笑うとタグは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。

「こりゃいいや。あの悪魔だか淫魔だかわからない女を見なくて済む」

「ちょっ、タグ」

私がタグを止めに入ろうとするとボンっと白い煙がたちのぼり私のすぐ横にお怒りモードのセレナが立っていた。

「誰が淫魔ですって?小僧」

「⋯⋯⋯⋯」

タグは無言で駆け出した。
「じゃあ、君はベジの指輪に仮住まいしているようなものですぐに出てこられるってわけか。まるでランプの魔神だな。」

「ああ、ランプの魔神ねえ。彼とはいい仲までいったものよ。昔の話だけど。」

「そんな話聞いてないんだが」

「いいから聞きなさいよ、坊や。恋愛話の一つや二つ聞けなかったら将来お婿にいけないわよ」

「生憎お婿にいく予定はない」

「ざっと三千年くらい前の話ね。私が一人でブラブラ歩いてたら」

「その話は別にいいからはやく解放してもらえないか?」

そう切り出した僕の周囲には目に見えない縄が巻かれてていて身動き一つとれやしない。
明らかに淫魔にしか見えない破廉恥な格好をしているから正直に事実を言っただけなのに何故こんな目にあわなければならないんだ。

ベジは『母さんの魔法のじゅうたんを探しに行ってくる』と言って部屋をでたっきり、帰ってくる様子など微塵もない。

この悪魔が館全体にかけていた魔法がとけて無重力の暗闇や生身の人間が倒れていた(ように見えた)部屋も消え普通の古びた館となったここで迷う以外に困ることはないと思うが。
⋯⋯⋯⋯あのベジのことだ。迷ってるな。見た感じ相当広そうだったし。

「あたしのことをバカにした罰がこの程度で済むとでも思ってるの?いいわね、坊主はお気楽で」

「っつ!」

「あ、ごめーん。ついつい」

そう言ってほくそ笑む悪魔女を睨みつける。
一瞬ではあれど息がとまるくらいにきつく縛り上げられたこの見えない縄に本当なら恐怖を抱くところだが、今はそうもならない。
この女悪魔への怒りでどうにかなってしまいそうだ。

「ベジは随分帰ってない。お前は心配じゃないのか?ご主人様だろ」

「はあ?ご主人様?あたしにご主人様がいたことなんてないわよ」

「⋯⋯やっぱりベジを騙したんだな」

「だから何回言えばわかるのよ、エルフの坊主。私は騙してなんかいないわよ」

整った顔を歪めてそう吐き捨てた悪魔は先程まで確かにあった牙も羽も、しまいには尻尾もない普通の女のような出で立ちだ。悪魔が人間に化けるなんて話聞いたことはないが今この目で悪魔の新たな一面を知った。
まあ、こんなこと知ったってなにかの得になるとは思えないけど。

「私はね一部の部族間で発生する『主従関係』ってのが死ぬほど嫌いなだけ。だから、言い方には気をつけることね」

そういうとニヤリと口の端を上げて長く伸びた鋭い爪を僕の喉元に突きつける悪魔。

部屋に入る直前、この爪によって喉元を切られ血を流したことがフラッシュバックして情けないことに気絶してしまいそうになる。
血だけは⋯⋯本当にダメなのだ。
正直ボロボロになって体中に傷を負い血を流しながらも立ち上がっていたあの時の僕は正気とは思えない。
本当にそんなことがあったのか疑ってしまう僕すらいた。

「私はあの子に協力するだけ。あの子にももちろん協力してもらうし、相互関係がいいとこよ。第一に私は面白いものさえ見れればいいのよ」

悪魔の漆黒の瞳の奥に見えるのは血や悲鳴や憎悪だ。

「⋯⋯ベジは田舎の娘だ。お前の望むものは見れないと思うけど」

そう、ただの片田舎に住む平凡な少女なのだ。
そして、たまたま都会に来た時に僕の命をこの世につなぎとめたーー。

「あんたは感じてないんだ」

バカにしたような笑いを浮かべる悪魔にはひどく苛立ちがつのる。

「何をだよ」

先程までひどく楽しそうにしていたのに途端その顔から笑顔が消えた。
細められた瞳は一体何をみているのか。僕には到底わからないし、わかりたいとも思えなかった。

「あの子の力、よ」

「力?乗っていたじゅうたんを暴走させる力か?」

こちらも悪魔をバカにしてやろうととっさに思いつき口に出した言葉だったがあまり効果はなかった。というか、むしろマイナスだった。

「違う」

その言葉を発した悪魔の目には何の感情も感じられない。
それはひどく怖いことだった。
どんな者にも喜怒哀楽は存在するものだし、それがわかりにくいことはあれど必ずその端々が垣間見えてくるものなのに。

「あの子、ただの田舎の娘じゃ終わらないわよ。そうじゃなかったらあんたもろとも殺してるわよ」

そういうとまた先程までのひどく楽しそうな意地の悪い顔つきになる。
この顔で見られるのは全く気分のいいことではないがなんだか今はホッとした。

「ただいま⋯⋯っ!」

そんな声のした方を見れば部屋の入り口に立ちハアハアと息を切らしたベジがいた。

「じゅうたん、なかった⋯⋯」

「でしょうね。だってここ、"帰らずの館"だもの」

どこか自嘲気味にそういう悪魔には心底腹が立つ。
そもそもベジに「なくした魔法のじゅうたんを探しにいってみたら?」などと言い出したのはこの悪魔なのだ。
こんな言動、ベジをバカにしているとしかとれない。

「そっか⋯⋯。そうだよね。どうしよう⋯⋯」

「魔法のじゅうたんなんてここルミナスじゃごまんと売ってるしそれを買えばいいよ。手持ちがなければ僕が買ってあげるし。あまり高いのは買ってあげられないけど······」

「あら。ベジに対しては随分と優しいのねえ」

意味ありげな視線をこちらによこす悪魔だが僕はそれを一瞥するとすぐにベジに視線を戻した。
うーうー唸りながらどうするか考えているらしい。

「でもあれは母さんの愛用してたやつで由緒正しいものだ、って、母さん言ってたし⋯⋯」

「じゃあ、さがそう。消えたわけじゃないんだ。さがせばどこかにはある」

「そう⋯⋯だよね。ありがとう、タグ!」

そういって無邪気な笑顔をこちらに向けてくる彼女はやはり、眩しい。

「はあ〜あ。なんか冷めちゃった」

悪魔がそういった途端見えない縄は突如として消え去り僕は地面に向かって前のめりに倒れ込んだ。

「っつ!⋯⋯」

「タグ、大丈夫?」

駆け寄ってきたベジに「平気だ」と伝えると満足気に微笑んている悪魔を睨みつける。

「あら、こわ〜い。退散、退散」

その直後悪魔は黒い光のような姿になってベジの指輪の中にはいっていった。

「さ、ベジ、行くわよ。あとそこの坊主も」

姿は見えないのに声だけは聞こえてくる。まあ、あの意地の悪い笑みを向けられているよりかはましか。

「じゃあ、行こっか」

「うん」

その時の僕は知らなかった。
ここが"帰らずの館"と呼ばれている本当の理由《ワケ》を。
タグと一緒に連なって歩いていると重厚な扉が見えてきた。
あそこから入ったんだよね。確か。

「そういえば坊主はこのあとどうするのよ」

そうタグにたずねるのは私の左手の小指にはめられた指輪に住む悪魔、セレナだ。

「⋯⋯そんなこと聞いてどうするんだよ」

ずり落ちてきたメガネを押し上げながらそういうタグはむすくれ顔。
タグとセレナはあまり仲良くないみたい。

「さあ?どうするんでしょ」

そういうとクスクス笑うセレナ。
タグもセレナも私と違ってとても賢いし、ちゃんと話したら馬があって楽しいと思うんだけど⋯⋯。
どうすればちゃんと話してくれるだろ。

「ちょっと、ベジ!」

その声にハッとすると目の前に大理石でできた柱があって、慌てて立ち止まる。

「私はあんたと一心同体も同じなんだから充分気をつけなさいよね」

「そうだよね。ごめん、セレナ」

「ったく⋯⋯」

「どこぞの悪魔さんもベジに対しては随分と優しいみたいだな」

どこか皮肉ったその口調に左手の小指にはめられた指輪が微熱を発する。どうやらこの指環、セレナの感情の起伏によって温度があがったりさがったりするみたいだった。っていってもまださがったことはないんだけど。

「まあ、そうね。私エルフがこの世で一番大嫌いだから、あんたを相手にするよりかは優しくなってるかもね」

「ふーん。悪魔はエルフが弱点なのか。それは初耳だね。メモしとかなくちゃな」

「まあ、勝手にそう思ってなさいよ。実際死ぬほど嫌いだし」

「どうしてセレナはエルフが嫌いなの?」

気づくとそうたずねていた。
私は小さい頃からエルフのお姫様がでてくる絵本が大好きでそれで慣れ親しんでいたから好きなだけでほかの人は違うのかもしれない。

「⋯⋯⋯⋯大嫌いなエルフがいたの。それだけよ」

セレナがそういうと、初めて指環が冷たくなった。そのことに驚いているうちに指環は常温に戻り、扉の目の前に来ていた。

「で、坊主、答えは?」

「何のことだよ」

「このあとどうすんの、って言ったでしょ。それぐらいも記憶できないわけ?」

「はあ?君にそんなこと言われる筋合いは」

「タグはどうするの?」

そういうとかなり険しい表情をしたタグとばっちり目が合い心臓がすくみ上がる。
まるで怒った時の母さんみたい。
でもこのままじゃ拉致があかないと思ったんだよね⋯⋯。
答えてもらえないかも。そう思っていたらタグは案外あっさりと口を開いた。

「わからないよ」

その言葉は何も無いエントランスホールにやけに虚しく響いた。

「僕には帰る場所なんてないんだから」

その声音に先程のことを思い出す。
タグは自ら命を断とうとしていたんだ。
私にはそんなタグの気持ちを理解することなんてできないけど理解しようとすることはできる。
それなら言うことは一つなんじゃないだろうか。

「一緒に家に帰ろうよ」

「だから、僕の帰る家は」

「家が一つとは限らないでしょう?」

「なっ⋯⋯」

タグと向き合った状態で暫くの沈黙が流れる。それはきっと実際の時間にしてみればとても短かかったのだろうけど、私にはとても長く感じられた。

「私の家広いんだよ」

沈黙に耐えきれずに言葉がでてくる。

「畑ばっかりなんだけどのどかでね。母さんのスタルイトのパイは絶品なんだ。それに、従兄弟のソウくんはしっかり者ですごく頼りになる人でね」

「⋯⋯やっぱり環境が違うもんね」

「ん?どういう意味?」

「ううん。何でもない。どうせ行くとこないしついていかせてもらうよ」

「本当?やったあ!」

「よかったわね、坊主。嫁ぎ先が見つかって」

「嫁ぐわけじゃないから」

そういうタグの言葉はやけに冷たく笑いも苦笑に変わる。

「でも、坊主」

そうセレナが切り出した時、なんだか嫌な予感がした。

「『消えたい』はどうしたのよ」

真実を突くようなその言葉にタグは俯いた。影になって見えない表情に不安になる。

「タグ?⋯⋯」

「わからなくなった」

タグはポツリと呟いた。

「生きる意味とか僕の存在意義とかわからなくなって苦しかったけど、なんだかそれすらわからなくなった」

そういうとタグは真っ直ぐ顔をあげた。その瞳には私にはないものが沢山詰まっている。
そのことに気づいてほしい。

「だから、ベジと一緒に行くんだ」

「え、ああ」

唐突に自分の名前がでて慌てふためいているとタグはくすりと笑った。

「ベジと一緒なら、なにか見えてくる気がするから」

優しい表情で紡がれたその言葉に胸の奥がとても暖かくなる。
そっか。これは⋯⋯。

「なんだか弟ができたみたい」

「お⋯⋯弟?⋯⋯」

拍子抜けしたようにそういうタグになにかおかしなことを言っただろうかと不安になる。

「ぷっ。アハハハっ。弟ですってよ。せめても兄くらいならあんたの面目守れたでしょうけど、完全に面目丸つぶれね。いい気味」

「え⋯⋯あ、ごめん、私その、メンボクを潰すためにいったんじゃないの」

そうはいうものの『メンボク』の意味など丸っきりわからない。
田舎で農業ばかりやっていたから頭をつかうことはさっぱりだ。っていっても、同じ環境下で育ったソウくんはきっとこの言葉の意味も知っているんだろうな。
なんだか家に帰ることを考えると真っ先にソウくんと並んでお昼寝しているあの暖かな情景が思い浮かぶ。
そこにタグも加わったらきっと楽しいだろうな。ソウくんとタグは気があいそうだし。

「⋯⋯⋯⋯ベジ」

「うん?」

「僕は今年で二百歳なんだよ」

「え⋯⋯⋯⋯。おじいちゃん⋯⋯だったの?」

「アハハハハハハハハハっ」

セレナの笑い声にまた私が『メンボク』を潰してしまったことを察する。

「ごめん、タグ。わざとじゃ」

「ベジ」

「⋯⋯はい」

「エルフの二百歳は人間で換算すると十七歳くらいなんだよ」

「⋯⋯はい」

タグは何も言うことなく扉に手をかけ全ての鬱憤を押し付けるように思い切りよく扉を開けた。
私はその扉の先を見つめて思わず自分の目を疑った。

「え⋯⋯」

開かれた扉の先に広がるのは広大な砂漠。

「なんだよ⋯⋯これ⋯⋯」

呆然とそうつぶやくタグの声に、いつの間にか指輪からでていたセレナが背後で呟く。

「だから言ったでしょう?ここは"帰らずの館"だって」

「どうりで」

呆れたような怒っているような声でタグがそういう。

「魔法のじゅうたんは見つからないし訪れた人々が帰ってこないわけだ」

「魔法のじゅうたんもこの砂漠にいるのかなあ······」

「魔法のじゅうたんが館の中に入ってきていたのなら、出る場所が変わるんだからここにいる可能性もあるかもしれない。でもこれ······」

隣を見ると深く考えこんでいるタグがいて、そんなタグからは"話しかけるな"オーラがムンムンでている。
私は今すぐにでもこの砂漠にあるかもしれない魔法のじゅうたんを探して家に帰りたいんだけど······。

「館に繋がっているのはこの砂漠だけじゃない。だろ?」

その問いかけが自分に向けたものではないことを察して、後ろのセレナを見ると、セレナは口角をあげて妖艶な笑みを浮かべていた。

「そうよぉ。砂漠に氷河に断崖絶壁に森の中に······。そりゃもう、数え切れないくらいの場所と繋がってるわよ。この扉は」

「············」

タグはその言葉には何も答えずにドアノブに手をかけると思い切りよく扉を閉めて、それからまたゆっくりと扉を開けた。
するとそこには鬱蒼とした森が広がっている。

「······おい、ルミナスはその選択肢の中にあるんだよな?」

「それはないわよ。だって入ってきたところにでてもつまらないじゃな~い」

「お前······」

確かに入った場所と違う場所にでたら楽しいかも。でも戻れなくなるのは困るなあ。
二人の会話を聞きながら、そんなのんきなことを考える。

「魔法でどうにかできるだろ。どうにかしてくれよ」

「あら、それ私に言ってるの?」

「そうだよ、性悪悪魔」

「うるさい坊主ね。そんな言い草でお願い事を聞いてもらえるとでも思ってるの?」

「············頼むよ」

「ふふ。いい返事じゃない。でも無理よ」

「は?」

「今の私には、ね。」

そう言い終えるとこちらに目線をやるセレナ。

「えっと、私?······」

よくわからないままにそうたずねるとセレナはコクリと頷いた。

「ご主人様の力量が関わってくるのよ」

その言葉は私にはよくわからなかったけどタグは納得がいったみたいだった。

「ベジ、とりあえず魔法のじゅうたんは後からさがすことにして今はこの······」

そういってから扉の先に広がる鬱蒼とした森に目をやるタグ。

「森の中を進む?」

「あ、うん、そう。そう······なんだけど」

「急にどもっちゃって。さっき星海空蛙がいたけど······。もしかしてぇ、タグくんって蛙が苦手なのぉ?」

わざとらしくそういうと身の危機を察知したようにスッと指輪の中に戻るセレナ。
指輪にじんわりとした暖かさがやどり、タグは背後に振りかざした手が空をきったことに悔しげな表情を見せた。
それにしても蛙なんていたんだ。
私全然見てなかったや。
でもこんなに怒ってるってことは、ホントは蛙苦手じゃないのに苦手って言われて腹を立ててるんだよね。きっと。
横目でタグを見るとそう考え森へと足を踏み入れようとする。

「ちょっと待った!!」

そんな私の手前に来ると聞き迫った様子でそういうタグはかなり顔色が悪い。

「?どうかした?」

「もう一回!もう一回だけ開けさせてくれない?」

セレナのクスクスという笑い声の意味もよくわからないままに頷く。

「別にいいけど······」

ふう~······。まるでこれからなにかのくじをひくように大きくため息をつくとタグは扉を閉め、もう一度その扉を開いた。
その扉の先に広がるのはーー。

バダンッ。ギイィ······。
バタンッ。ギイィ······。

そんな音が一定間隔で鳴る。
そんな時がどれくらい経っただろう。
僕は誰にいうでもなく一人叫んだ。

「なんでこんなにろくでもない場所ばかりなんだ!!」
と。

何故一人でさけんでいるかというと、ベジは壁にもたれかかり眠りについて、性悪悪魔はなんにも言葉を返してこないからだ。

嫌味を言われるのも腹が立つが、無視をされるのは余計に腹が立ってくる。

「あ~あ。いい加減あんたのその小芝居見るのも飽きたわ。男なら度胸決めなさいよ」
そんな声とともににポンッと目の前に現れたのは破廉恥な姿をした性悪女悪魔。

「こんな場所進めるわけないだろ!?」
そういって僕が見やる扉の先には間欠泉があちこちにあり煙がもくもくとあがる場所がある。

「なんでダメなのよ」

「メガネが曇る!」

「はあ?めんどくさいわねえ。森も間欠泉も砂漠も沼地も女風呂もだめとか、なんならいいのよ」

「おい、最後変なこといっただろ!やめろよ、破廉恥悪魔」

「都会っ子の坊主ってこれだから嫌いよ。ま、もういいわ。」

その言葉に希望が湧いてくる。
本当は魔法でルミナスに戻せるんじゃないか?これはおふざけの一部で。まあそれはそれでかなり腹が立つが今はルミナスに帰ってなおかつ新しい僕の居場所をくれた、ベジの生まれ故郷にはやくいってみたいのだ。そのためにはベジの消えた魔法のじゅうたんも探さないといけないし······。

しかしそんな希望もすぐに砕け散った。

「ベジにひかせましょ」

「······ひかせる、ってなんだよ」

「ベジ、起きなさい。」

「ん······母さん?······まだ······」

そんな寝言をいうベジにセレナは一切の躊躇いも優しさもなく頬をひねりあげる。

「いたっっ。な、なに!?」

その強烈な痛みに飛び起きたベジの目の前には恐ろしい女悪魔。
しかしベジは悪魔を見て優しい笑みをみせる。
······よく悪魔にあんな顔みせられるよ。仮にも僕達の命を狙ってきたようなやつなのに。

「なんだ、セレナかあ。」

「さ、ベジ、ドアを閉じてドアを開けなさい」
そういうと艶やかな赤色の唇を歪ませいつもの不敵な笑みを浮べる悪魔。

「ん?うん。わかった」

ヨロヨロと立ち上がりこちらにやってくるとドアノブに手をかけバタンッと扉を閉めるベジ。

頼む。頼むから街とか国とかましなとこにしてくれ。

ギイィ······
そんな音がして、閉じていたまぶたの裏に光を感じる。

これはーー




「大ハズレね、あはははははっ」

女悪魔の小憎らしい笑いに反応している余裕もない。
だって······。

「え、これってなあに?······」

どうやらずっと田舎住まいのベジは《《これ》》を知らないらしい。

「············ちょっと待て。これは歩くのも不可能だからもう一度」

「だめよ」

鋭い声でそういう悪魔に押し黙る。
くそ。僕があと百歳年取ってたらこの程度で黙らないだろうに。

「魔法のじゅうたんがあるでしょ、あんたの。それで渡るのよ、この海を」

ーーそう、ベジがひいたのはかなりの大ハズレ。大海原のど真ん中だったのだ。
正直何故ここに繋がっているのかを知りたいが、魔法に理屈もへ理屈もないので考えてだしたところでしょうがない。

「海の上を渡ったら僕のじゅうたんが湿気るじゃないか」

「はあ?今更何いってんのよ、この神経質坊主。いいからじゅうたんだしなさいよ!」

「嫌だね!絶対に」




「うん、まあ結構上等じゃない。坊主、あんた意外と金持ちの家の子でしょ」

そういう女悪魔の手には僕の大事なじゅうたん。
一瞬のすきをついてこの女悪魔の尻尾で刺された僕はまんまと魔法のじゅうたんを渡してしまった。
もう効果は切れたが、あの尻尾に刺された直後は······。

いや、あれは悪い夢だ。そうだ。そうに違いない。

「さ、坊主乗りなさい」

「失礼するね~」

先に女悪魔とベジが乗り込んでしまいもう取り返しはつかなさそうだ。
僕は覚悟を決めるとじゅうたんに乗り込んだ。
ああ······やっぱり悪夢だ············。



「ひゃっふううぅぅぅぅ」

「やめろおおおおおお」

女悪魔が生き生きとした声を発する中僕は目に涙を貯めながらじゅうたんにしがみついていた。

「風が気持ちいいねえ~」

「気持ちいいもなにも限度があるだろおおおお」

ベジにツッコミをいれるも口に海水の飛沫がはいってきて、すぐに咳き込む。

僕のじゅうたんなのに、なのに、この女悪魔······ハイジャックしたんだ。

僕のじゅうたんを······。

しかもご主人様であるベジには保護の魔法をかけてじゅうたんから落ちないように保険をかけて、すごいスピードで海面すれすれを飛んでいる。今現在も、そしてこの先も······。

右も左も前も後ろもはるか地平線まで海、海、海。
この生き地獄が終わったら······というか、終わる時がきたら絶対に仕返ししてやる。
そう決意すると僕はかじかむ手でじゅうたんをギュッと握った。

「大丈夫?」

そういってベジが僕の手の甲の上に細く健康的に焼けた手を重ねる。

野菜ばかりを食べて太陽の光を沢山浴びてきただろうベジの生活が思われる。
そんなベジの手はほんのりあたたかくて海水の飛沫に耐える僕からすると本当に助かるものだった。

「ベジ、ありがとう」

「どういたしまして」

朗らかに微笑むその人に心まで暖かくなる。しかし、そんな暖かな時もつかの間のこと。

「なっ!?」

じゅうたんが突如として冷たい海につかり体の下半分が海水につかる。

「何してるんだ!!」

寒さにこごえながらそういった時には既に海面からじゅうたんはあがっていた。
が、濡れた衣服が風にあたって余計に寒い。

「ちょっと間違ったのよ。仕方ないでしょ、悪魔だって間違えることくらいあるんだから」

「············あー、そうですか」

もううんざりだ。
ほんとにこの先この悪魔とずっと一緒にいるのか?第一にこの悪魔のことを僕はまだ信用しきれていない。絶対になにか企んでいるに決まってるんだ。
ベジと僕は、こいつに殺されかけたんだから。

「お前がなにを企んでいるのかは知らないが、おかしな真似をしたら」

「あーもう、いちいちうるさくてかなわないわね。」

その悪魔の言葉に答えようと口を開いた途端、悪魔がパチンっと指を鳴らす。
すると自然と、だが明らかに故意的に、まぶたが重くなってくる。
くそー、この女悪魔なにかしたな。
そんなことを最後に思いながら僕は重くのしかかってきたまぶたをとじ、まどろみの中へと落ちていった······。
「タグ、寝ちゃった」

気づくと瞳をとじてスヤスヤと寝息をたてはじめたタグ。

「疲れちゃったのかな······」
そうつぶやいた時タグの上にヒラリと一枚の毛布がおりてくる。
それはタグの上に着地すると大きく広がってタグの体全体をつつみこんだ。
毛布の温もりのおかげなのか、タグの眉間のしわも和らいでいきやがて穏やかな優しい表情が浮かんでくる。

こんなことができるのは······。

「優しいね、セレナ」

「············そいつが起きたらすぐにきえるまやかしみたいなもんよ」

セレナはまっすぐ前を向きながらそういう。

出会いこそ最悪だったけれど会って間もないこの人は信頼に足るいい人だと思う。

でもタグが一度殺されかけたのも事実で、それは許せないとも思ってる。

許せないけど、いい人。

それになんだか懐かしい。彼女といると、なんだかーー。

「あんたは私のこと疑ってないわけ?」

「え?」

「お気楽そうな顔しちゃってさ。······あたしは、本気であんたを殺そうとしてた」

「そうなんだ」

「······あんたを見た瞬間に殺さなきゃいけない気がしたの。それにもうこんな毎日にうんざりしてきてて刺激が欲しかったわけ。けど、あんたが契約の輪をだした時になにか同じものを感じた。そしてそれと同時にあんたの中に眠る強大な力が伝わってきた。だから、面白そうだし、いいかなって思った。」

「同じもの、かあ。私もだよ。私もね、なんか懐かしいなあって。力とかはよくわかんないけど」

「······懐かしい······ね」

そういうとセレナはフッと柔らかく笑った。初めて見たその表情に一瞬惚けてしまう。
やっぱり美人さんだから笑顔がよく似合うなあ。

「············寂しかった」

その哀しく重みのあるつぶやきはもう日も暮れて暗くなりはじめたあたりに染み込んでいくようだった。

気づくとじゅうたんに乗り始めた時の海の荒々しさは消え失せ、本来の穏やかな海の姿が現れていた。
濃紺の色に染まりっていく海を見つめながら、私はそっと斜め前にいるセレナの横に移動した。

「私ね、セレナに、タグに、二人に会えてすごく嬉しいんだ」

「············」

「だからね、すごくありがとう」

もっとうまい言い方があるのだろうけどこういうことしか単細胞の私にはいえない。

「············嵐をうまく抜けたようね」
そういうセレナの表情をチラリと伺う。

漆黒の瞳はまっすぐ前の風景だけをとらえ決してブレることがない。

強くて綺麗で、でもどこか哀しそうな表情。

セレナは今一体なにを思ってるんだろう。
その表情を見てるとそんなことを考えてしまう。

「勘違いしてるみたいだけど、私の正体はただの残虐な悪魔。いつあんたを殺してもおかしくないんだからね」

そんな言葉に口を開こうとするとセレナはそれを遮るようにすぐに次の言葉を紡いだ。

「ここらは嵐さえ抜ければ穏やかなのよ。もう少しで陸が見えてくるはずよ」

「すごいね。どんな気候か分かるんだ」

そこもかしこも海だらけなのによくわかるなあ。

それからセレナが触れて欲しくないことに無理に触れたくない。そう思うと変に口を開く気にもならず気づかぬまに眠気というまどろみの中へと落ちていった······。



「······ベジ······ベジ!はやく起きなさい!!」

「ん、んんっ······もうちょっと······」

「もうちょっと、じゃないわよ!」

「うう······」

お母さんにたたき起こされる形で目覚めるとまだぼやける視界に家族の姿がうつる。
お母さんにお父さんにおじさんおばさん達。それから危機迫った様子のソウくん。
あれ?なんでみんないるんだろう。
······ああ、そっか。これは夢なんだ。

「全く。あんたが乗ってたはずのじゅうたんがひとりで帰ってきた時には一体何があったのか心配したんだからね」

しかめっ面で、でもひどく安心したようにそういう母。
そんな母を「おばさん、すみません」といい押しのけて前にでてきたのはソウくん。

「ベジ、俺、お前のところに行くから。待ってろよ」

いつも優しげに細められる瞳が珍しく強い感情をうつしだしている。

「でも、私もう少しで家に帰れるんだ。だからね」

来なくても大丈夫だよ、そう続けようとしたけれどその言葉はソウくんの強い言葉にかき消された。

「絶対に、お前のところに行くから」

なんでこんなに危機迫っているんだろう。
そう不思議に思っていると、今度は母さんがソウ君をおしのけた。

「ごめんなさいね、ソウくん」

そういうと今度はこっちに視線を向ける母さん。

「あんたはトロくて疎くてボーッとしてていつも昼寝してるような子よ。」

いきなり悪口ともとれる言葉を並べ立てられ反応に困っていると母さんはフッと優しく微笑んだ。

「けどね、あんたはあたたかくて優しくて思いやりがある本当にいい子でもあるの」

そんなこと言われたの初めてで余計どう反応すればいいのか困ってしまう。

「ベジ、あんたは私の誇りよ」
そこまで母さんがいうと今度は父さんが言葉を紡ぎだした。

父さんは筋肉質な巨体に似合わず涙脆い性格で今だってボロボロと涙をこぼしている。
けれど、涙を流す理由がわからない。
それにこれじゃあなんだか、みんなとお別れするみたいだ。
このやけに現実じみた夢の意味がわからず困惑する。

「ベジ······ベジイィィィ!!」
そう叫ぶと泣き崩れてしまう父さん。

そんな父さんに手を伸ばそうとすると見えない壁のようなものに弾かれた。

「そろそろ時間みたいね」
そういうと母さんは優しく笑んだ。

「あんたは幸せに、ね」

そんな言葉に「どういう意味?」そうだすねようとした瞬間、無理に夢の世界から引き離されるようなそんな感覚を覚える。


「ん、んんっ······」

痛む体を労りながら起き上がると大きく伸びをして立ち上がろうとする。が······
ドスンッ
思い切り前に倒れる。

「いった······」

口の中に広がるなんとも言えない味。泥か……。
······あれ?私達さっきまで海の上にいたのにいつの間に······。
「あら。さすがは田舎者。泥がよくお似合いね」

そんな声に顔をあげると腰に手をあて妖艶な笑みを浮かべるセレナの姿があった。

「ほんと?嬉しい」

やっぱり、暮らしが自然とでるものなのかなあ。なんだか私が大好きなあの場所て育ったことがこうしてわかってもらえたりするんだ〜と感動を覚えてしまう。

「残念だったね。ベジに皮肉は通じないと思うよ」
そんな声がしてきた方をみれば腕をくんでしかめっ面をするタグの姿があった。

「じゃあ、その分あんたに楽しませてもらわなきゃね」

「はあ?なんでそうなるんだよ」

「まあまあ」

とりあえず口論をおさめようと二人の間に割って入る。

それにしても、さっきの夢はなんだったんだろう?たまに現実を夢かと疑うことはあるけど、夢を夢かと疑うのは初めてかも。
でも今こうして私はここにいるわけだし現実ではなさそう。
なら、あれは夢なんだ。改めてそう思うとどこかホッとする。
はやく母さんや父さん、おじさんおばさん、じーちゃんばーちゃん、ソウくん、皆に私の新しい友達を紹介したいなあ。

「はあ······」

私の言葉を聞き入れてくれたようで口喧嘩をやめたタグは魔法のじゅうたんになにやら言葉をかけた。
すると見る見るうちにじゅうたんはハンカチサイズにまで小さくなる。
それをたたんで懐にしまうとタグはメガネをクイッと押し上げながら私とセレナを見やった。

「で、これからどうするのさ」
その言葉を受けて改めて辺りを見てみる。
鬱蒼としげる木々のせいか一筋も光がはいらないこの場所はなんだかかなり気味が悪い。
見たところ動物の気配もないし、地面はぬかるんでいてそこかしこに泥沼があるし、いかにも悪い魔女が住んでそうな場所だ。
少なくともお姫様が住むような場所では、絶対にない。

「ベジ、とりあえず立ちなよ」

そういって座り込んだままだった私の手をとって立ち上がらせてくれたタグに「ありがと」と礼をいうと改めてセレナの方を見る。

「セレナはここがどこだかわかる?」

「そうね。強いていうなら呪いの森じゃない?」

セレナがニヤリと口角をあげてそういうと、タグの眉間のシワがより深くなる。

「ふざけるのもいい加減にしろ」

厳しい声音でそういったタグは
「ここがどこか見当がついてるんだろ?ならはやくいってくれ」
と続ける。

「魂を吸う哀れな魔女が住む場所っていったらわかるわけ?」

セレナが挑発するような口調でそういい、それにタグが食ってかかろうとした。その時、
「何者だ」
鬱蒼とした木々と木々の間の暗闇から一人の少女が現れた。

女の子は白と黒を基調としたリボンやフリルの沢山ついたワンピースを着ていて、左手には片目のボタンがとれかかったクマの人形を持っている。

髪の毛は美しい白銀の巻き毛で、何束かは紫色をしている。

スミレ色の瞳は一瞬生気がないようなぼんやりとした印象を受けるがその奥には強い意志が垣間見える。

左目は星型の眼帯を付けていて見えないが右目同様、ぼんやりとしたまどろみの奥に強い意志が隠れているんだろうなあ。

そんなことをつらつらと思っていると、その少女の背後からもう一人、今度は少年がでてくる。

彼もまた何束か紫色をした白銀の髪をしていて、瞳の色も少女と同じくスミレ色だった。
なんだか似ているし双子さんかな。

「············」

少女とは違い、まどろんだ瞳の奥に何もないようにみえるその少年はただ無言で少女のそばにいる。

まるで感情すらないように感じられる。

「ご本人がさっそくご登場のようね」

セレナはひどく楽しそうに笑う。

「どういうことだよ」

「だから、この娘が、魂を吸う魔女なのよ」
セレナはことさらに楽しそうに、そう続けた。
「魂を吸う?」

そんなことできるわけないじゃないか。そう呆れて続けようとした時、あることに気がついた。

今僕の目の前にいる魔女は僕がずっと探し続けていたその人なのではないか、と。


ーーあいつっていつもお高くとまってるよなーー
ーー名門の一族だからって調子のりすぎーー
ーーあんたにはもっと上にいってもらわないと困るのよーー
ーー精霊と契約するのにも苦労したのに扱うこともできないのかーー
ーーとんだバカ息子だなーー
ーー恥を知れーー
ーーお前は名門のーー


頭の中に溢れだす心底嫌な思い出達。
僕はその全ての傷みから逃げだしたくて、あの時高い高い学校の屋上から飛び降りようとした。
僕がいなくなったところで、それはそこらの道に横たわった傷みに満ち満ちた動物達の死と同じ。

僕がいなくなったことなんて誰にも知られることなく闇に葬り去られる。

名門パリオネル家の家名に傷がつくことは一切許されないから……。
そう、僕の家はエルフの王族に連なる貴族の名門。
そのパリオネル家の長男が学校の屋上から飛び降りたとなればかなりの大事だった。

だからこほ僕は飛び降りるより無難な方法はないかと日々その方法を模索していた。
そんな中見つけたのが、『魂を吸う魔女』の存在だった。
学校の図書室。その中でも特に誰も手がつけたことがないようなホコリと蜘蛛の巣まみれの蔵書を開いていた時、僕はその人を見つけた。

文章は所々掠れていてよく見えなかったが、大体の内容だけは読み取れた。
その人は森に立ち入った者の魂を吸い上げそれを食べて暮らしている、とのことだった。

この世界から消えることができて、なおかつ魔女の腹を満たすことで誰かの役にもたてる。
それって素晴らしいことじゃないか。
そう思って魔女に会おうとしたが学校が終わってからは自室に追いやられて勉強漬けの日々。
夜間にスキをついて外にでようとしたって見張りがいて外出なんてとても容易なことではなかった。

それで、魔女のことほ諦めたんだっけ······。



僕は本当に消えたかったのか。
不思議と今はそうやって考えられる。

だから、改めてそう考えてみると、僕は消えたかったのではなく、消えるという選択肢しかない暗闇の世界に閉じ込められていたのだと思う。

そんな僕の手をひき光の方へ引っ張りだしてくれた人が今いるから僕はこうしてここにたっていられるんだ。


ーーお前って面白いやつだよなーー
ーーパリオネルの者だからじゃないーー
ーーあなたが大切なのーー
ーータグ、大人になったらさ結婚、しようねーー


不思議と今はあの時見えていなかった大切な人達のあたたかな言葉達が聞こえてくる。
そう思うとなんだかいつもよりずっと強くいられるような気がした。


「生憎この中に"適応者"はいないと思うけど?」

魔女と呼ばれた少女に不適な笑みを浮かべながらそういう女悪魔。

"適応者"?······。

一体なんのことだろう。

「それはお前が決めることじゃない」

少女は半分しかあいていないようなまどろんだ瞳ながら強く悪魔を睨みつける。

「グレーテル」

少女がそういうと斜め後ろに立っていた少年がスッと前に出て両の手を前に出した。

するとその両の手に沿うようにピアノの鍵盤が現れる。
少年は表情を一切変えずに鍵盤に指をおき流れるように音楽を奏で始める。

一体何をするつもりだ?

いつでも魔法がつかえるように身構えながら少年の出方を待つ。

「なっ······」

驚きから発したその言葉も途中で途切れる。
というのも、体が動かなくなり、声すらでなくなったから。
最初はなにもなかったのに、少年の奏でる不思議な音楽を聞いているうちにその音という音が自分の体の中を巡り巡りやがて精神、体共に自我を奪っていくように思われた。

くそっ。なんなんだよ、これ。

「あはっ」

この声······。

「あはははははははっ」

こんな状況すら楽しいっていうのか?いや、こんな状況だからこそ、だろうか。
どちらにしろ、腹が立つ女だ。

「あー、面白い」

この女悪魔の本来の実力ならばこの魔女とそのおつきの不思議な力を持った少年も一瞬で捻り潰せるはずなのに。

何故行動を起こさない?

確かにベジが主人となったことである程度本来の力に歯止めはされるだろうが······。

「············」

少女が悪魔に向ける冷めた目線は、僕が普段からこの悪魔に向けている目線と同じものだろう。

魔女は何も言わずに右手をスーッとベジの前で動かした。

すると······。

ガクンとベジの頭が垂れる。
少女がベジの方に手を伸ばし拳を握る。
それから少女が自分の元へ拳を戻し開くとその手の上には白金色に輝く塊があった。
目の前で起こったそのことにただただ呆然とするばかりでベジを助けようと行動を起こすことも出来なかった。
やがてハッと我にかえると隣にいる女悪魔にささやく。

「おい、ベジのこと助けないのか?」

この女悪魔は隠しているだけで相当な力を持っている。本気をだせばこの魔女だって一捻りだろう。
なのに、何故、主人を助けないんだ?

「··················」

女悪魔の顔をチラリと見やれは、そこには狂気に満ちた心底楽しげな笑みが浮かんでいた。
その笑みをみて先ほど目の前で起きたことよりもゾッとしていることに自分のことながら腹が立った。
僕は口でも心でもこの女に勝てないのか。

魔女の少女が左手をスッと動かすと、宙に何枚かのカードが現れる。
そのどれに手を伸ばそうかと手を上下に動かす少女。
しかし途中でハッとした表情をして動きを止める。

「············っ。反応がない?こんなことって」

「大丈夫?ヘンゼル」

顔面蒼白といった様子の彼女に言葉をかけるのは……。

視線をチラリとグレーテルという少年にうつしてみるが、一切口は動いておらず相変わらず人形みたいに突っ立っている。

じゃあ、一体誰が?

今のって……。もしかして

「クマが喋ったのか?……」

どこか間抜けな響きをしたその呟きは少女がかけた魔法がいつの間にかとかれていたせいでそのまんまだだ漏れてしまい若干恥ずかしくなる。

けれど、呟かずにはいられなかった。

魔女が抱えるダランとした様子のクマの人形は口は一切動かしてないものの確かにそこから声がするのだ。
確かに巷には『喋るクマのお人形』なんてあるが、あれは精霊や妖精を無理やり中に押し込んだもので、洗脳の期限が終わればすぐにただの人形に戻る。

保護の魔法が厳重にかけられてるものだったりすると、精霊や妖精も逃げ出すことができないので、可愛いクマの人形が怒り出して物を破壊したり夜中に逃亡しだすという悪夢もおこりかねない代物。

最近は倫理にも反するし販売が中止すれているようだが、あれは明らかにそれとは違う気がする。
もしかして、生きてるんだろうか。
……そんなこと、あり得るのか?



ーークマさんが本当に話したらすっごく嬉しいのに。ね、タっくんーー



……思い出したくない。
今は……。
彼女から逃げ出し傷つけた自分が情けなくて直視することもできないから。

でも、このクマの人形見たらきっとあいつ、飛び上がって喜ぶんだろうな。

ほんと、身勝手なやつだな、僕は。
自分の都合の悪いことからは全部目をそらして。

「…………グレーテル」

やっと放心状態から立ち直ったヘンゼルという少女はそうポツリと呟く。
改めて考えてみるとこの〝グレーテル〟というのは隣に立つ少年とクマの人形のどちらにいっているんだろう。
わからない。
見た目は人間なのに人形のような少年と、見た目は人形なのに人間のようなクマの人形。
おかしな話だな……。

「なに?ヘンゼル」

不安そうにたずねる少年の声、いや、クマの声。

「……なんでもない」

なんでもないようにはとても見えないが。
なんて皮肉をいう気にはならなかった。
あちらはベジの魂を握っているのだろうから。

そう思った直後、少女は先ほどとは逆の作法でベジに魂を返した。
立ったまま寝ていたようなベジがゆっくりと目を開き「ううっ……」とうめき声をあげる。

そして何事もなかったように後ろを向き、立ち去っていくヘンゼルとグレーテル。

「まっ……」

待て、そういうおとしたら女悪魔が片手で僕を制した。

「めんどくさいことはあんたも嫌でしょ」

どこか楽しそうに、企んでいるようにそういう女悪魔になにか言おうとするとばたりとベジが倒れる。

「ベジ!!」

慌ててベジの元へいき
ベジの体を支えて座らせる。

「大丈夫?……」

「寝てるだけじゃないの」
そういって笑う女悪魔に改めてベジを見やると、ベジはひどく気持ち良さそうにスヤスヤと寝音をたてていた。

自分の腕の中で眠るベジの姿を見ているとまたあいつの顔が浮かんできてぼくは慌てて顔をそらした。


忘れると決めたはずなのに。今さらなんでこんなに思い出す?

ふと目をやったベジの左手の薬指には金色の指環。
女悪魔と契約する際に僕がベジにあげたものが光っていた。



ーーこれ、あげるね!ーー



そういって無邪気な笑みを浮かべてその指環を渡してきたあいつ。



そんな大切な思い出全てを捨てて僕は消えようとしていたんだ……。
改めて考るとやはり愚かだな。


そんな暗い気持ちも、ベジの寝顔を見ていると不思議と薄らぎあたたかな気持ちが胸に広がってきた。


ほんと、嫌になるな。
ベジの寝顔を見てそんなことを思う僕は自然と微笑んでいた。
「あれ?……」

目を覚ますと辺りは前にも増して暗くなり、目の前には静かに燃える焚き木、隣にはスヤスヤと寝音をたてるタグがいた。

「夜かあ……」

いつの間に夜になったんだろ。
眠る前の記憶がない。
気持ちよくお昼寝すると難しいこととか寝る前のこととか全部頭の中から追い出されちゃうんだよね……。

「そういえばセレナは?」

左手の薬指にはめられた指環にも、そこらの辺りにもセレナの気配は一切感じられない。

「よいしょ……」

立ち上がると体についた土埃を払い歩き出そうと足を踏み出す。
セレナどこいったんだろ。心配だなあ。
あんまり遠くにまで行ってないといいけど。なんて、私、セレナの保護者みたい。そう思うとフッと笑みがこぼれた。

「なに笑ってんのよ」

そんな声にハッとして振り返ると少し険しい顔をしたセレナがのそりと立っていた。

「セレナ!良かったぁ」

「はあ?なんのこと?…………それより、あんた、体調は大丈夫なの?」

「ん?うん!元気だよ」
そういって笑ってみせるとセレナは呆れたような仕草をした。

「あんたって意外と打たれ強いわよね。あんたの前じゃ〝華の貴婦人〟もただの子どもって感じかしら」

「〝華の貴婦人〟?……」

「さっきあんたの魂を吸った魔女のことよ。もっとも、みんな〝魂を吸う魔女〟としか認知してないからその名前では知られてないけどね」

そういうと艶やかな黒髪をファサリと後ろにやって、私の右斜め後ろにある大きめの岩にストンと腰掛けるセレナ。
組んだ足や、表情、仕草。そういう見えてる部分だけじゃなくて、知識まで豊富なところ。
なんだか、ほんと、セレナって私とは程遠い大人の人だなあ。
「セレナはよくそんなこと知ってるよねぇ。大海原に放り出された時も動じないどころかそこがどこかとか気候とかわかってたし」

そんな私の言葉にセレナはフッと笑みを浮かべた。

「大昔には、仲間と一緒に世界中飛び回ってたからね」

静かに揺れてた焚き火が、セレナがパチンッと指を鳴らしただけで、燃え始めた頃のようにパチパチと勢いを増す。体に熱気が伝わるほどの炎を一瞬で現したセレナには改めて感心してしまう。やっぱりすごいなあ。

ふとセレナの方に視線を戻すと、その表情には深い深い影が浮かんでいた。
火が強くなった分影が濃くなる。
たったそれだけのことなのだろうけど、たったそれだけのことには思えなかった。

「けど、もう、みんな死んだ」

光を宿さない瞳をして、セレナはそういう。
その言葉には何の感情も含まれていなかった。
悲しみも懐かしさも苦しみも辛さもなにも、なかった。


ー悪魔には寿命がないからー



ふとセレナの言葉を思い出す。
セレナは、私には想像がつかないくらい途方もない時間を生きてるんだ。
その間に何人も大切な人を失って傷ついて、傷くことすら嫌になってあの館にいたのかも。
大切な人を作ってしまうよりあの館で人を弄んでるほうがずっと楽で楽しいから。

だけど、今は、私とタグと一緒にいる。
それってすごく、あたかなこと。
だから……。

「あんたらもいつかは」

「セレナ」

「ちょっ、なにするのよ!」

私がそっとセレナを抱きしめると、セレナは珍しく動揺した様子をみせる。

「私とタグは"今"ここにいるよ。こうやってあたたかい"今"を積み重ねていけば、それはあたたかい過去になって、その先の未来を照らしてくれるんだよ」

「……なによそれ。急に……意味がわかんない」

そういうセレナの頬は少し赤いような気がする。
そんなセレナを見て優しく微笑むとより強くセレナを抱きしめる。

「ちょっと苦しいわよ!」

「えへへ」

「えへへ、じゃないっての」

その時の私は、知らなかった。
これから、思いもよらないような最悪の事態が私を待ち受けているなんて。

だから、ただ、仲間のあたたかさに包まれていたんだ。




「おはよ。今って朝……だよね?」

そうたずねてくるタグは、夜よりかは明るくなった暗く陰鬱な周囲の森に視線をやる。

「うん、そのはずだよ」
そういった時、ふと胸のあたりが痛くなった。

なんだろ、これ。

そんな私の様子に気付いたのか、タグが険しげな目をしてこちらを見る。

「大丈夫?昨日倒れたんだよ。まあ、寝てただけだったみたいだけど、それでも」

「大丈夫だよ、タグ。心配しないで」
そういって微笑むも、胸のあたりが今まで感じたことがないくらい燃えるように熱く、立っているのもやっとだった。

これって、あれ……胸焼けかな。
昔スタルイトのパイを食べ過ぎた時これと似たように胸のあたりがムカムカしたけど……。

でも、これは、違う。
なんなんだろう、これ……。

「やっぱり」
そういったタグの言葉を遮って
「セレナ遅いね」
という。

心配かけたくないし、それに実際セレナのことが心配だったから。

「ああ、女悪魔ね。どうだろうね。だって、昨日の晩、『いい薬草が見つかったからとりにいってくる』って言ったんだろ?あの悪魔、薬草とか好きそうだからな」

そう、昨日私とセレナは暫く話をした後、セレナは薬草をとりに、わたは改めて眠りについたのだった。

「あら、よくわかってるじゃない、坊や」

「うわっ?!」

自分の背後に突如として姿を現したセレナに驚き飛び退いて、尻餅をつくタグ。
その様をみてクスクスと笑うセレナ。

「坊やの為にたーくさん薬を作ってあげるからね」

「やめろ!お前が作った薬なんてぜっったいに口にしないからな」

「あら、冷たい坊や。じゃあ、ベジに」

そういってこちらに顔を向けたセレナは言葉を発さずに目を見開きこちらをただただ見つめてくる。

「?どうかしたの?セレナ」

なにかの遊びかな。私は知らないけど……。

「あんた……」

「なに?」

「……なんでもないわ。そんなはずないわね。」
そういうと少し考えるような仕草をしたセレナだったけど、すぐにそれをといて、
「とりあえず、ベジの家に行くわよ。確認したいこともできたし」
そういってチラリと私を見やると、タグの前にスッと腕を伸ばし、手のひらを開くセレナ。

「なんだ?昨日の魔女の真似事か?」

「違うわよ。わかんない?冒険に必要なもの。よこしなさいっていってんの」
その言葉にピンと来たらしいタグは自分の体を守るように抱きしめる。

「貸さないからな!絶対に貸さないからな!!」

「あら、そう。じゃ」

そういうとニヤリと笑い、先のとんがった黒紫色の尻尾をタグの腕にぷすりと刺すセレナ。
自分の身を抱きしめていたタグは反応が遅れてセレナの思い通りにことが進む。

「あなたがのぞむなら魔法のじゅうたんの一つや二つ」
そういってうっとりとした表情で懐から取り出した魔法のじゅうたんをセレナに手渡すタグ。

「よろしい」
そういってじゅうたんを受け取るとパチンと指を鳴らして魔法を解くセレナ。
ハッと我に返ったタグは悔しすと怒りをにじませる。

「ありがと、下僕の坊や。さ、行きましょうか、ベジ。それと坊や」

「僕は下僕じゃないっ!!それに坊やもやめろ」
そういいつつ、セレナが広げたじゅうたんに乗り込むタグ。
二人はなんだかんだいって仲良いなあ。
そう思いながら私はじゅうたんに乗り込んだ。

胸の痛みもその頃には消えて、胸が焼けるほどに熱かったことなんて気付かぬうちに忘れていってしまった……。
「あっ、あれ来るときに見たかも。すごいね、セレナ。私のあやふやな説明だけでよくここまでこれるね」

「まあね」

ベジの無邪気な言葉にニヤリと口角をあげる悪魔。
この悪魔の笑みはどんな時も底意地悪く見えるんだから不思議なもんだ。

「建物一つもないね」

じゅうたん下に広がるのはただっ広い草原で、点々と木々や花は咲いてたりはするものの、やはりどこまでいっても草原しかない。

「そうなの!ここら辺はウチしか家がなくてね、私、家族以外の人に会ったのはタグが初めてだったの。あー、というか、初めて話した人、かな」

どこか興奮したようにそういうベジにフッと笑みがこぼれた。
それにしても、家族以外で初めて話した人、か。なんか嬉しいな。



ータグは私の初めての友達。そしてー




はあ。まただ。また、無邪気な笑みを浮かべるアイツの姿が脳裏をよぎる。
これはアイツをおいて逃げ出した僕への戒めだろうか。
だとしたら神様はかなり頭がいいな。
これほど僕に効く戒めはないもの。



それにしても、今日はやけに静かだな、なんて思って不意に女悪魔を見やると、女悪魔は何かを考え込むような表情で真っ直ぐ前を見据えていた。
何を考えてるんだ?
イタズラを考えているようには見えないし、まぁいいか。
なんて思ってまた草原の方を見やる。
でも、僕自身なんだか薄々感づいてはいたんだ。
ベジが昨日とは違うような、そんな感じを。だから、きっと悪魔女も同じことを考えてるんだろう、なんて心の中でふと思った。



「おかしいな。ここら辺なはずなんだけど……」

「っていっても、さっきから草原ばっかり。地平線にも家の影ひとつ見えないよ」

僕がそういうとベジは考え込むような仕草をしてうーんうーんと唸りだす。

「どうしてだろう。こんなに奥じゃないような気も」

「ベジ」

女悪魔はその言葉と共にじゅうたんを止める。

「どうかした?セレナ」

「私、一つ思い当たることがあるの」

「なに?」

ベジが不思議そうにそうたずねると悪魔は何も言わずにパチンッと指を鳴らした。

「な……なんだ、これ……」

悪魔が指を鳴らした途端、何もなかった草原に何十、いや百以上はある、ドーム状をした透明の物体が現れたのだ。

「ここだったんだ。なるほどね。こりゃ、わかんないわけだわ。」

「え?……どういうこと?」

若干呆然としたように目を瞬きながらそういうベジに悪魔は真実を射抜くような視線を向ける。

「あんた、今歳いくつ?」

「えっと……」

左右の手の指をおりながら考え込むように唸るベジ。

「17、かな」

そういってからハッとしたように
「間違えた。昨日で18歳だった」
というベジに『昨日誕生日だったんだ。祝えなくてごめんね』とでも言いいたいところだがこの緊迫した状況下ではそれを口にすることもできない。

悪魔のどこか納得したような表情。じゅうたん下でふよふよとゆれているドーム状のもの達。
それら全てを繋ぎ合わせようとするけど、僕には到底わかりそうにない。

「どういうことだよ」

険しげな表情をする悪魔にそうたずねる。

「昔、昔、このメルカナと呼ばれる世界で光と闇の戦争が起こりました」

悪魔は少し楽しそうにそう語り出す。
昔話など今はどうでもいいし、その光と闇の大戦のことなら子供の頃から嫌という程聞いている。
けれど、この話を聞けばきっと答えがわかるようなそんな気がして黙って話を聞く。

「光側の中心はエルフ。狼人間や妖精、ケンタウロス、天使達が彼らに味方しました。対する闇側の中心は魔王と呼ばれた人間。ダークエルフ、ドワーフ、ゴブリン、悪魔達が味方しました」

そして100年にも及んだ大戦は、光側の勝利で終わったんだよな。
そもそものきっかけは闇側の奴らが光側の奴らを妬んで引き起こし……

「光の者たちは常々闇側のもの達を邪魔だと感じていましたからここぞとばかりに大戦を起こす理由作りをしていたのです。そんな矢先、光側のもの達に心底憤りを覚えていた魔王が怒りの狼煙をあげたのでした。そんなことから始まった100年にも及ぶ戦争は、結局勝ち負けがつかなかったのです」

悪魔が喋ること全てが僕が聞いていたこととは全く違う内容で、だけど、不思議とそれこそが真実なのだと思えた。

「そこで光側は和議を結ぼうとしました。しかし、それは大きな罠でした。和議を結ぶためと呼びだした魔王を光側は虐殺。そのうえ、彼と血の繋がる者全てに囚われと呪いの刻印を与えたのでした。そして、大将を失った闇側は大崩れ。多くのもの達は家族に至るまで虐殺または呪いをかけられたのです。光側の手によって……」

そこまでいうと一息つく悪魔。

「ねえ、あんた、今の話聞いてなにか感じなかった?」

その言葉の行き先、ベジを見やれば、ベジは複雑な苦しげな表情をしていた。

「うん、感じるよ。怒りと悲しみと憎悪を」

ベジとは到底似つかわぬ言葉がとびだしてくる。

「ベジ、あんたは」

「魔王の一族……だよね」

悪魔の言葉を遮り強い声音でそういうベジの言葉には若干の放心状態には陥る。
ベジが魔王の一族?
魔王と言えばエルフの都を潰したり多くの者を虐殺したことで知られている。本当に、あの?……。
呆然とする僕の目の前でベジは唐突に、あろうことか胸元あたりの服をひっさげる。

「なっ」

いきなりのことに驚き声をあげた僕の頬は朱に染まってること間違いなしだ。

「大丈夫よ、坊主」

普段のようなからかいが一切ない悪魔のその口調に恐る恐るといった感じで顔をあげると、ベジが服をはだけさせたそこには、紅く燃え上がっているような刻印があった。

「花?……」

「そう。これは罪、罰、囚われの身って意味があるダンデライオンという花なの。まあ、一言で言ってしまえば罪の烙印ってとこね」

そういう悪魔の顔はひどく楽しげだ。

「私、今日の朝すごく胸が痛くてなんでだろうって思ってた。そしたら、これだったんだ」

「刻印があらわれるのは大人になってから。けれど、子供でもあの見えない囚われの檻からは抜け出せない。だから、あんたの親族はあんたを、大人と子供の狭間であるまだ不安定なときに送りだした。」

「私ね……夢を見たの。みんなが元気で暮らすようにって、ソウくんが……いとこの子が今すぐそっちに行くっていう夢を。なんだかね、その夢、現実みたいで、でも私夢だと思って」

ベジは珍しく眉をひそめ悲しげに俯いた。

「みんなに会えるのがあれが最後だなんて思わなかった……」

ベジの手はギュッと固く握られていた。
本当なら泣きわめいたり怒ったり地団駄を踏んだりするところだが、彼女はただ、押し寄せてくる感情の波に耐えているようだった。

「なんとかできないのか?」

気づいたら、そう言っていた。
こんな状態のベジを放って置くわけにはいかない。
ベジには救われたと思う。
あの時の僕はこの傷みに満ち満ちた大嫌いな世界から消えることばかり考えていたけど、ベジに救われたおかげである今は不思議と消えたいと思わなくなった。
だから、今度は僕が救ってあげたい。
そう思うんだ。

「なあ」

考え込むような仕草をしている悪魔にもう一度そう呼びかける。

「そうね」

あげた顔にはなんの表情も浮かんでいない。しかし、
「伝説の力を手に入れればどうにかなるかもしれないわね」
そう言い終えた悪魔の顔にはいつもよりどこか艶やかな笑みが浮かんでいた。
「伝説の力?……」

夢の中にいるみたいにフワフワした気持ちでそう呟いた。

みんなともう会えないの?
あの大好きな場所でお昼寝することももうできないの?
なんで私だけ?


浮かんでくる疑問の全てに簡単に答えがでてしまうのは、私にその魔王の落胤が現れたからだろうな。
思えばおかしい話だよね。
生まれた時から一度も家族以外の人と会ったことなかったし。
そういえばよくお父さんは配達に行っていたけど、あれは私を騙すための?
でも騙す必要なんてないもんね。
もう私にはなにがなんだかわからないや。
ただ一つ、ハッキリわかってるのは、もう家族には会えないかもしれないってこと。
そのたった一つのことがとても悲しく辛い。

「私の故郷にある石碑にね、伝説の力を手に入れることができると言われる予言が刻まれてるの」

そんなセレナの言葉に、普段なら、『悪魔の故郷……』と嫌な顔をしそうなタグが眉をしかめながら真剣に話に聞き入っている。

「その伝説の力とやら、私も欲しかったんだけどねぇ」

セレナは少し意味ありげにそう言うと微笑を浮かべてこちらを見やる。

「〝魔王の血をひく者〟って条件つきだったのよ。」

「〝魔王の血〟……。」

ぼんやりとした頭の中を〝魔王の血〟という言葉がグルグルと回る。
そもそもなんで〝魔王の血〟が流れてるからってあんな風に閉じ込められてるんだろ。
そりゃ、私のご先祖様にあたるらしい魔王は戦争とか悪いことしたのかもしれないけど、それは他の人たち……光側っていわれる人たちも同じじゃない。
なんだか、もう……。

「よくわからないよ……」

気づいたらそう口にしていた。

「ああ、そう。じゃあ、分かるまでそうしてる?」

セレナが厳しい声音でそういう。

「おい、そんな言い方ないだろ!」

タグがそういうとセレナはさきほどにも増して厳しい声音で続ける。

「あんたの家族は生きてる。違う?あんたの家族は虐殺なんてされてないし二度と会うことができない訳じゃないの。」

確かにその通りだ。
会うことが出来なくなったわけじゃないし、みんなはまだそこにいる。

「うん」

俯きながらもコクンと頷く。

「なら前向いてシャキッとしなさいよ。 私は承諾も何もしてないけど勝手に託されたのよ、あんたのお守りを」

「そうなのか?」

イライラした様子のセレナにタグがそう質問するとセレナは余計にイライラしたように
「そうとしか考えられないでしょ。そもそも、私、あんたの家にシルベコウを頼んだ覚えはないのよ」

「え?じゃあ……」

「仕組んだんでしょ、あんたのとこの誰か頭のいいやつが」

頭のいいやつ……そう言われると、いつも難しそうな本ばかり読んでるソウくんが思い浮かぶけどソウくんは夢の中で私がこちらに来たことを手放しに喜んでいるよりかは心配しているように見えた。
じゃあ、母さんかな?それとも、父さん?わからないな、私の頭じゃ……。

「じゃあ、なんで頼んでもない品物を受け取ったんだよ。」

「最初は来客が久々に会ったのが嬉しくて招き入れたわけ。そしたらシルベコウを配達に来たとかいうから、ああこいつ間違えてんのねって思って受け取ったの。代金払ったのも騙すためよ。全部お遊びのために、ね」

「お遊びで人を殺しかけるなんて本当に悪趣味だな」

「あらあら、お褒めの言葉ありがとう。でも私が好きなのは殺しかけることじゃなくて、絶望に打ちひしがれる表情を見ることよ」

「ちょっと、いいかな」

口喧嘩をし始める二人の間に入ってそういう。
「セレナのいう伝説の力を手に入れればみんなをその呪いから解放できるのかな?」

その言葉を聞いてセレナはニヤリと口角をあげる。

「わからないわ。ただ、何もしないよりずっといいわよ」

「……わかった。じゃあ、セレナの故郷に連れて行ってもらえるかな?」

セレナは待ってましたとばかりに笑う。

「いいわよ。」
そういって。

「タグ、本当にごめんなさいっ!!」

それから私はタグの方を向くとすぐに頭を下げた。

「私の家、見た通りで、今すぐタグを招いてあげることできそうもないの。だから、もう少し待ってて欲しいんだ。すぐに迎えに行くからどこか」

「何言ってるのさ、ベジ」

私の声を遮ったタグの声はいつにも増して優しい呆れた声音をしていた。

「僕も一緒に行くよ。第一、僕はベジと」

「一緒にいられればそれだけで充分なんだ。この僕の溢れんばかりの気持ちどうか受け取ってはくれないかい?」

途中からセレナが喋り出し、眉間をピクリと動かすタグ。

「そんなこと一言も言ってないだろ」

「でも、同じようなこと言おうとしてたんじゃない?坊や」

「なっ……!」

顔を真っ赤にして怒るタグとニヤリと笑うセレナ。
そんな二人に「まあまあ」という。
17年間の私の全てだった家族といきなり会えなくなって、新しい友達も加わって新しい生活を始めるんだって思ってた。
けど、それがいきなり思ってもなかったような形で崩れ去って、どうすればいいのかわからなくなって、頭がぼんやりした。
けど、まだ希望はあるんだ。
私は大事な二人の友達を見て微笑むと必ずまたここに帰ってくるからね。そう、心の中で呟いた。

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