「私、葵音さんに会えて本当に幸せでした。この人が私の好きな人なんだって、会えた瞬間に恋をしました。だから、葵音さんと一緒に暮らせて、本当幸せで………恋人にもしてもらえて、嬉しくかったです。」
 「……黒葉、おまえ何言って………。」
 「私に恋を教えてくれて、ありがとうございました。」
 「……黒葉。なんで、そんな終わりみたいな言い方をするんだよ。」
 「…………。」


 葵音はその場に立ち止まり、彼女の手を引いた。けれど、黒葉は繋いだ手を離してしまった。

 そして、向かい合うように黒葉と葵音が立っている。
 彼女の目には涙が流れていたのに、黒葉は必死に口元を上げて、笑顔を見せようとしていた。 

 なんで、そんな悲しい笑顔で、そんな事を言うんだよ。
 終わりみたいな言葉、聞きたくなんかない。

 そんな言葉を彼女へ向けて伝えようとした。
 けれど、それは叶わなかった。



 「葵音さん…………大好きです……。」


 呟くような愛の言葉は、とても切なくて消えてしまいそうなぐらい儚かった。
 彼女を抱き締めて、涙を拭ってやらなきゃいけない。

 葵音はそう思って、右腕を黒葉に向けて伸ばした。しかし、その手は寸前のところで届かなかった。
 葵音が距離感を間違えた訳ではなかった。


 強い力で押されて、体が後ろに倒れたていったのだ。

 押したのは誰だ?
 そんなのは考えなくてもわかる事だった。



 目の前の黒葉が、両手で力一杯葵音の体を突き飛ばしたのだ。


 その顔には悲しみと微笑みが混じった不思議な顔をしていた。

 どうして、俺は突き飛ばすんだ?
 体が倒れるまで、スローモーションの用に感じる。彼女の動きや車や人の動きがゆっくりだ。

 ふっ、と視線を横にすると、目の前にゆっくりと走る原付きバイクがこちらに向かってくるのがわかった。

 あぁ、俺はこのバイクに跳ねられるのか……。
 黒葉に突き飛ばされて……。



 どうして、俺を突き飛ばしたんだ?
 どうして………手を離したんだ?
 別れの言葉はこういう意味だったのか?


 黒葉、どうして………?


 最後に黒葉を見ようとして視線を戻した瞬間。
 体に強い衝撃を感じた。

 そして、葵音は意識を失った。




 その時、葵音は真っ暗闇に落ちていくような感覚だった。