「黒葉、さっきは悪かった。………なんか、おまえがいなくなりそうな気がしたんだ。」
「………いなくなる。」
「あぁ、そんな事ないのにな。」
「………。」
その言葉に黒葉からの返事はなかった。
葵音は俯いてしまった彼女に、優しく問い掛けた。
返事がないということは、いなくなってしまうのではないかと恐れを感じたのだ。
「………居なくならないよな?」
「……私は葵音さんと一緒に居たいです。」
「………。」
あぁ。
やはり彼女は、断言してくれないのだ。
「ずっと一緒に居る。」と。
嘘を付けないのは彼女の優しさなのかもしれない。けれど、黒葉がいつかいなくなるとわかっていて、何もできない。そして、その理由さえも教えてくれない。
泣きそうな顔でそう言う彼女に、もう何も問いただす事は出来ず、葵音は彼女に背を向けた。
「仕事に戻るよ。」
そう言って、作業場に戻ろうとすると、彼女が駆けてくる音が聞こえた。それでも振り向かずに、ドアに手を掛けた時だった。
背中に彼女の暖かい両手と、他の感触が伝わってきた。
それが額だとわかったのは、横にある窓に2人の姿がうっすらと写っていたからだ。
「体が冷えきってます。葵音さんもお風呂に入ってください。」
「俺はいい。風邪なんてひかないだろう。」
「ダメですよ。大切な仕事がこれから沢山あるんですよね?それに、私が心配なので………温まってきて来てください。」
「………わかった。」
黒葉の言葉の振動が体に響いた。
それから逃げるように、葵音は体を離すと彼女の事を見もせずに、脱衣場に逃げ込んだ。
葵音は彼女の悲しんだ顔など見たくなかったのだ。
いつもより静かな夕食を2人でとり、その後は葵音は作業場で仕事をして、黒葉は家事の後は自室に籠っていた。
いつもは、ちょくちょく作業場に顔を出す黒葉だったが、今日は一度も訪れなかった。
部屋の作業場の隅には、黒葉が練習でつくっているジュエリーがあった。
と言っても、粘土にも慣れていなかったので、紙粘土で練習したものが置いてある。
どれも歪で、お世辞にも上手だとは言えなかった。けれど、初めての道具を使いながら真剣に頑張る表情が思い出されて、葵音は微笑んでしまう。
「もっとあいつに教えてやる時間を作らなきゃな。」
そう言いながら、引き出しに眠る作りかけのジュエリーをそっと眺めた。時間があるときにコツコツとつくっているもの。葵音自身が満足して完成させるかはまだわからなかった。
けれども、葵音は確信していた。きっと、成功すると。