5話
今日の夜さえ我慢して、後悔してしまえば、きっと忘れられる。
葵音はそう思っていた。
けれど、時間が経つにつれて、焦りと苛立ちが葵音を襲った。
黒葉は確かに怪しくて、謎めいた女だった。
葵音を探していた理由はわからないままだったし、ホテル暮らしをしている無職の女というのも、不思議だった。
けれど、彼女が自分に向けた表情だけはとても素直で純粋なものだったように葵音は感じていた。
初恋の相手を見るような潤んだ瞳、キラキラとした希望に満ちた表情で葵音の作品を見て、そして葵音にすがりつくように泣く彼女は、とても無垢だった。
全部の事を話せない変わりに、全力で葵音に近づこうとする真っ直ぐな態度は、初めて恋をして必死な、ただの女の子のそのものだった。
そして、それを本心では嬉しいと感じている自分がいることに葵音は気づいていた。
たった数時間しか一緒にいないのに、心地よさを感じ、そして彼女をもっと知りたいと思ってしまった。年下の女に翻弄されているようで悔しくもあったけれど、それが葵音の本心だった。
けれど、葵音の過去の記憶がその気持ちの邪魔をした。
恋など面倒なだけで、遊べる女がいればいいのだと。
それでいいはずだった。
けれど、そんな気持ちの理由も、彼女は知らないのだ。
葵音が恋に臆病になっている事を。
そんな葵音が、少しでも彼女に惹かれたのだ。それは、あの日からどんな異性に会ってもなかった事だった。
黒葉を知りたい、触れたい、泣いてほしくない。そう思ったのは、紛れもない真実なのだ。