30話




 葵音が驚きながら店内を見渡す。
 雨のせいで薄暗い店の中で、一人だけ他の客がいた。
 その客は、一番奥の窓側の席に座っていた。こちらからは顔は見えなかったが、白髪の着物を着た老人だというのがわかった。

 定員に案内されて、その席に向かうと「平星さん、お客様来ましたよ。今日だったんですね。」と、声を掛ける、するとその老人はこちらを振り返り、立ち上がった。


 「あらあら………こんな若い男の人だったなんてね。こんな田舎までいらしてくれて、ありがとう。平星黒葉の祖母です。」
 

 そういうと、黒葉の祖母は丁寧に頭を下げた。若草色の淡い着物を着こなし、上品な口調と仕草だった。
 それがどこか黒葉に似ており、葵音は本当に彼女の祖母だと思った。


 「さぁ、お座りになって。ここのコーヒーとサンドイッチはおいしいのよ。それでいいかしら?」
 「はい………いただきます。」
 「僕もそれを。」


 2人が店員にそう伝えると、「かしこまりました。」と小さくお辞儀をして、カーテンの奥へと入ってしまった。

 葵音は目の前に座る女性をまっすぐな目線で見据えた。
 黒葉の祖母は、顔はシワがあるが白い肌で、丸い眼鏡の奥にある瞳は輝きを失っておらず、黒葉と同じもの綺麗な黒だった。髪をしっかりと後ろでまとめており、日本のおばあちゃんを想像すると思い浮かべるような、優しい雰囲気のある女性だった。


 「自己紹介が遅れました。私は月下葵音です。隣にいるのは友人の影浦累です。………私はジュエリー作家をしています。そして、少し前に黒葉さんと出会って、一緒に住む事になり……そして、彼女とお付き合いさせていただいてます。」


 しっかりとした口調で、そして祖母の目を見つめて、そう言うと黒葉と同じ目をして、彼女は微笑んでいた。


 「葵音さん。そんなに緊張なさらないで。」
 「あの………黒葉さんですが、実は……。」
 「事故にあった。」
 「……そう、です。」


 驚きながらなんとか返事をする葵音を気にすることもなく、祖母は「やはりそうなってしまったのね。」と悲しげに言った。