29話
その日の夜。
葵音は病室をこっそり抜け出して、黒葉の元に居た。もちろん、まだ彼女の傍にいることは出来ない。ガラス越しから見守るだけだった。
けれど、あの日記を見た後はどうしても彼女に会いたかったのだ。
ガラス越しにみる彼女は何も変わらずに、静かに寝ているだけ。動いているのは、繋がれている機械だけのように感じてしまった。
「黒葉。おまえの日記見たよ。………昔から、俺の事を見ていてくれたんだな。よくネックレスと交差点だけで俺を見つけてくれたよな………。あれが、もし旅行の時だったり、俺が初めて訪れる場所だったらどうするつもりだったんだよ。」
黒葉に届くこともない言葉をポツポツと吐き出す。
話せずにはいられない。
あんな手紙を残されたら。
怒らずに、感謝せずに、そして……抱きしめずにはいられないだろう。
「そんな事、わかってても黒葉は動いてくれたんだよな………ありがとう。本当におまえに会えてよかったよ。」
もちろん返事もなければ、彼女の表情もわからない。いつも笑顔で話を聞いてくれていた彼女はいないのだ。
それでも、黒葉は聞いてくれているように感じしまうから不思議だ。
「黒葉の事、俺は何も知らないんだな。だから、おまえが目覚めたときに少しでもお前の昔とか育った場所とか、星詠みの力とか、少しでも黒葉を知っていられるように、少し出掛けてくるよ。………すぐに戻ってくるから。だから、次に来たときはお前の声を聞かせてくれよ?」
寂しさを堪えながらそう彼女に言葉を残して、黒葉を少しの間見つめると、葵音は来たときと同じようにこっそりと病室を出た。