田中って言うのか。
初めて知った。


今まで日記の中では施設長としか出てこなかったから、
施設長の名前を知った今、少し新鮮な気持ちになっていた。


後で日記に書いておこうかな。


「じゃあ俺はこれで。すみません、突然来てしまって」


「いえいえ、とんでもない。
 送っていただきありがとうございます。
 また近々お礼に行きます。昨日のことも含めて」


「いいんですよ。じゃあまたな、波留」


雅文は手を上げて元来た道を戻って行く。
その背中を黙って見つめていた。


名前、覚えていたんだ。


波留って名前を呼ばれて少しくすぐったかった。
いい奴って知れただけで、
今日はいい日だったのかもしれない。


早く日記を書かなきゃ。
そう思って施設の中に入ろうとした時だった。


「波留!」


名前を呼ばれて、驚いて振り返る。


そこには一人の男の人が立っていた。
誰?私を知っているの?


「榎本さん」


施設長がそう言った。
榎本ってことは、この人が榎本尚央。


かっこいい顔立ちの人だった。


尚央は息を切らせて立っている。


私は日記の中のことを思い出して嫌悪感が募っていた。


尚央を無視して中に入ろうとすると、施設長が私の肩を掴んだ。


「波留ちゃん。何があったんだい?
 榎本さんと話をしようじゃないか」


「いいの。会いたくない。帰って!」


それを振り切って、私は施設へ入った。


ドクドクと心臓が鳴る。


夢中で息をして部屋へと戻った。


ここまで来るなんて。
でも、心のどこかでは来るんじゃないかと思っていた。


だって日記にも書いてあったもの。
絶対に来ると思っていた。
私の中に尚央を許すという選択肢はないのかな。


意地を張って突っぱねてしまったけれど、
尚央はそんなに怒るほど酷いことをしたのだろうか。