「ねえ、何か喋って」
「何かって?」
「雅文はあそこで働いてるの?」
「見れば分かるだろ」
「あのお店、なんでヴァポーレなの?」
雅文は私を見ると、はぁとため息をつく。
「イタリア語でヴァポーレは湯気って意味なんだ。
誰かが傷ついて悲しい思いをした時、
いいことがあってそれを共有したい時、
どんな時でも寄り添って話を聞いてあげられるように、
いつでも湯気を立てて待っていられる家になれるようにってつけた名前」
「へぇ、素敵な考えね。真理愛さんさすが」
「俺がつけたんだけど」
「えぇ!そうなの?」
まさか、そんなロマンチックな考え方をしたのが雅文だなんて。
こいつの性格からして考えられない。
なにそのギャップ。戸惑うんですけど。
「なんか文句あんのか?」
「素敵だね。雅文って意外といいやつなんじゃん」
「意外とってなんだよ」
「ごめん。でも、そういう店があると
この町の人は幸せだよね」
「……だから、お前もなんかあったらいつでも来いよ」
雅文が私の手をそっと取った。
随分と温かくて大きな手に戸惑いを隠せない。
「ま、雅文?」
「まだあのおっさんと喧嘩してんだろ。
あの店で会うのが嫌なら
俺や真理愛がこうして外に出てくるから」
「そ、そんな、悪いよ」
「そうしたいんだ。それがあの店を作った目的だし。
常連なら尚更。客の悩みは俺らの悩みだ」
そこまで言ってくれるなんて思わなかったよ。
口は悪いけど、心の中ではそう思ってくれているんだと知ったら、
雅文も悪い奴じゃないっていうのがひしひしと伝わった。
というか、この手……。