その言葉で夢心地からハッと現実に引き戻されたセシリアは、報告されては困ると慌てだす。

内緒にしてほしいと頼もうと口を開きかけたのだが、「それでは失礼いたします」と話を終わらせたクロードに背を向けられてしまった。

銀刺繍の施された黒い騎士服は、美麗な彼を凛々しく引き立てる。

ロングコートの裾を翻し、廊下を颯爽と去っていく彼を呼び止められなかったセシリアは、小さなため息をついた。


これで、父親から与えられた課題のふたつ目をクリアしてしまったことになる。

肩を落として泣き言を口にしたくなったが、落ち込みそうな心を叱咤すると、彼女は前を向いた。


(沈んでいては、自分の運命を変えることができないわ。泣いている暇はないのよ。早く次のターゲットを探さなくちゃ……)


クロードと離されないためにと、自分を奮い立たせれば、彼の唇が触れた右手の甲をまた意識してしまう。


(この手はどうしたらいいのかしら? もったいないから、今日は洗わないでおこうかな……)


甘酸っぱい喜びが込み上げる。

頬を染めてはにかむセシリアは、階段に足を進めつつ、フフッとひとり笑いをするのであった。