備えよ。

イデアルは分厚く服を重ね着し、毛布と布団にくるまって眠気のなかにいた。

ミニコンポからは男性アイドルの甘いボイスが響く。イデアルはチェスの本を読んでいたのだが、眠気とともに寝入る。

夜半を超えて。
冬空の星だ。

ふとイデアルは、リーダーシップ論の古典で読んでいた、備えよ、という言葉を思い出す。
長月遥は教室でそれを見て、深く熟考したもの。議論を交わす。たとえば人生の残り時間が少なくなると、世論の動向にはたいていは関与しなくなるもの。日々残された時間がわずかとなれば、多くが身近な人間関係、友人や家族たちのことで占めるのだから。

だからイデアルは残された家族の生き残りで、同時に家族が最後に思ったことを伝える手段がないことに気づく。
死者は帰って来ない。
残酷な現実。

別れとなる事故は突発的だったのだ。

だからイデアルに出来ることは備えよ、ということだろう。そして起き上がると、沈思黙考しケータイ小説を書いている。まるで、チェスプレーヤーがいつものようにチェスの本を読み返しているように。

だから小説が自身を証明するのは自身の静かな言葉なのだ。おそらくはそれはいわばウロボロスという自らの尾を飲み込んだ蛇なのだ。