そのまま、先生とはほとんど話す機会もないうちに、秋祭りの日になってしまった。
あのあと、佐藤に直接いいよと伝えると、無邪気な笑みを浮かべながらずっと嬉しそうにしていた。
佐藤をみるたびに、私がしていることはどうあがいても最低なことなのだろうなと思い自己嫌悪に苛まれた。妬まれたって、恨まれたって、文句なんていえない。
約束の時間の15分前には着くように、少しだけ化粧をして、髪を手早くシニヨンにまとめた。先生に見せるために買った浴衣を、先生じゃない人にも見せるのはどうなのだろうと思ったけれど。
神社に着くと、佐藤はもうそこで待っていた。
「おまたせ。ごめん、結構待った?」
「いや、いまきたとこ」
それからしばらく私のことをじっと見てくるものだから、どこかおかしなところがあるのかと思って私も釣られるように全身を見てしまう。
「どこか変?」
「いや、どこもおかしくねぇよ。浴衣、似合ってるなって思っただけだ」
「……あ、ありがと。佐藤も、浴衣なんだね」
「……変か?」
「ううん、いいと思うよ。じゃ、いこっか」
人混みの中を佐藤と歩く。なんとなくあった溝もすっかりなくなったように、私は佐藤と前までのように素直に話すことができた。
佐藤に買ってもらったりんご飴をぺろぺろ舐めながら歩いていると、佐藤はふと、私の手を引っ張って何かの屋台まで連れてきた。
直後、喧騒に紛れて、パン、と爆ぜる音。
「……射的?」
「東、勝負しようぜ。あのぬいぐるみ落とした方の勝ちな」
「えっ、負けたらなんかあるの?」
「負けたら、言うこと一個聞くってことでどうだ?」
「……わかった、恨みっこなしね」
幸い、射的は結構得意だ。お金を渡して弾を受け取る。狙いはあの白いくまのぬいぐるみ。慎重に狙って__
「……おまえめっちゃ上手いな」
なんとかぬいぐるみを落とせたので、あのあと私は佐藤に玉子せんべいを買ってもらった。人に当たったはずみで玉子が落ちると困るので、少し離れたところでぱくぱくと食べる。
__先生はいま、どこにいるのだろう。この人の多さじゃ、あれだけ背が高くても見つけられないな。
そこまで思ってから、自分はいま佐藤といるのに佐藤のことを何も考えてないことに気づいて嫌気がさした。
「佐藤って、なんでもできそうだけど案外そうでもないよね」
「失礼だな、っていいたいとこだけど実際そうだわ」
玉子せんべいを食べ終えて、まだ行ってない奥の方へ行こうと先に歩き出そうとすると、レイ、と呼び止められた。
「……なに?」
佐藤から名前で呼ばれるなんて今までされたことなかったから、妙にドキドキしてしまう。
「なんで今日、俺の誘いを受け入れてくれたんだ?」
「誘ったくせに、そんなこと言うの?」
「好きな人と、行かないのかな、って思って」
いけたらもちろんそうしたけれど。
「断られちゃったから」
あえて笑いながら言うと、佐藤は何故か深く息を吐く。
「……期待するだろ、馬鹿」
「ごめん、なんて言った?」
「さっさと勝負の続きしに行くぞって言ったんだよ」
「まだするの?」
「勝つまでするに決まってるだろ、勝ち逃げは許さねーからな」
ビシッと私を指差してそう宣戦布告した佐藤は、私の手を掴んで歩き出した。
佐藤が強く握るこの手を握り返す資格は、私にはないのに。