「……はぁ」
 

先生との秋祭りの日が近づく中、私がひどく浮かないのには訳がある。


__何を隠そう、私は浴衣を持っていないのである。


買いに行くなら休日の今日しかない。もう週明けには秋祭りだから。


もちろんお母さんに言えば一つ返事でお金をくれるだろう。私が心配しているのは金銭面ではない。
  

私が嫌なのは、お母さんに茶化されることである。


しかし、悩んでいる間にも刻一刻と時間は過ぎていく。お昼を回ったあたりで、私は覚悟を決めてお母さんに事を話した。    


思っているよりもお母さんの反応はあっさりとしていた。


「あらそうなの? ちょうど今から買い物行こうと思ってたし一緒に行きましょ」  

「え?」


いいの見繕ってあげる、とにこやかに笑ったお母さんに車に押し込まれ、ショッピングモールに向かった。


「にしても浴衣かぁ……誰とデートに行くのかしら」

「別に……持ってなかったからほしいだけで」  

「そうねぇ、でも彼氏でもできないと欲しいなんて言わないわよね。今度お母さんにも紹介するのよ」


道中の車でそう茶化されて、逃げ場のないこの状況を呪った。こっちのほうがよほど辛い。  


ショッピングモールにつくと、お母さんにさながら着せ替え人形のように浴衣を着せられた。「これ着てみて、お、似合うじゃない」と一人娘で勝手に楽しみだす彼女を止める術は私にはなく、大人しく脱いでは着るを繰り返した。


1時間ほど経ったころだろうか、私がその一着に巡り会ったのは。


「……あら、今までで一番似合ってるわ」


夜空に咲く月下美人が描かれた秋浴衣。少し大人っぽい気もするけれど、今まで着てきた中だと一番好みだった。


「それにする?」


ときくお母さんに頷く。店員さん呼んでくるから脱いでおいて、といわれシャッとカーテンを閉められた。


少しだけ姿見の中の自分を見る。先生は、私が浴衣を着てきたらどんな反応をするのだろう。


「___あぁもう、やだなぁ……」


意識せずとも、先生のことばかり考えてしまう。もうすっかり先生のこと以外、頭になかった。
 

大人しく元の服に着替えてカーテンを開けたあたりで、お母さんが店員さんと一緒にやってきたところだった。
 

決して安くない買い物に若干の申し訳なさが残るが、お母さんは特に気に留めていなさそうだった。むしろレイが珍しく本以外に欲しいものを言ってびっくりしちゃったわ、と笑っていた。


お母さんがスーパーに買い物に行きたいというので、一緒に歩く。キョロキョロと辺りを見回していると、ふと先生にそっくりな雰囲気の人を見つけた。  


なんとなく似てるだけだろうに、私はどうやらすぐに先生を探してしまう癖があるらしい。


その人が、ふと私の方を見た。そこまで視力がいいわけでもないから、先生かどうかまでははっきりわからない。
 

つい見つめていると、その人はふいっと顔をそらして前を歩き出した。どうやら先生ではないらしい。


……ここまで先生に執着する日がくるなんて、思わなかったな。


あの日、禁断の果実を齧ってしまった瞬間から、私はもう戻れないところまできてしまったのだろうな、とぼんやりと思った。