あの日から、お兄さんは時折こっちを見て手を振ってくれるようになった。私はそれが嬉しくてそして恥ずかしく、お兄さんのことはあんまりまともに見れなかったけれど。

そして閉館してからは、いつしか一緒に帰るようになっていた。私とお兄さんの帰り道は駅まで一緒だったから、駅に着くまでずっと本の話ばかりしていた。

お兄さんと話すのはとても楽しかった。お兄さんはにこにこしながら今日読んだ本の話、もうすぐ出る作家の新刊の話をしてくれる。話がうまいから、私は紹介された本は次の日には読んでしまっていた。

お兄さんは本を読む人にしては珍しく栞を持っていない人だった。この日の帰り道、私が手作りのかすみ草の栞を手渡すとお兄さんは大切にするねと笑った。

「そういえばお兄さんは、大学生なんですよね」

「ん、そうだよ」

「なんの勉強をしてるんですか? やっぱり文系?」

そう聞くと、お兄さんは珍しくばつが悪そうな顔をした。

「実は、理系なんだよね。勉強になったら国語はまるでダメだし」

「そうなんですね……あ、私の父も理系で、大学で教授をやってるんですよ」

「へぇ、そうなんだ。教授ってすごいね」

なんて、そんな話をしてたらあっという間に駅だ。

「……ねえ、明日も図書館に行くつもり?」

「そうですけど……あ、もしかして明日は用事か何かあるから来れないとかですか?」

「いや、良かったら一緒にどっか出かけないかなあって」

嫌ならいいんだよ、というお兄さんからの誘いの意味は、流石に鈍感な私でもわかる。

つまりこれは、デートの誘いだ。

そうわかった瞬間、頬が熱くなる。心臓がドキドキしているのが、はっきりわかる。

「…………行きたい、です」

お兄さんは、嬉しそうに良かった、と笑った。じゃあ明日11時にここにいて、そう言って帰っていく後ろ姿が見えなくなるまで、ドキドキがおさまらなかった。

図書館で本を読む横顔だけ眺めてたあの頃とは、もう違うのだと思った。