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テスト三日目あたりから、憂鬱感は引いたとはいえ、やっぱり私は佐藤の顔を真面目に見られなかった。
今日はついに最終日。二時間目の数IIのテスト。今回はいつも以上に復習したから、思いの外すらすらと解いていけた。
でも、頭の中で初日の先生との約束ばかりちらつく。
先生と会うのも若干に気まずいといえばそうで、怒らないなんて言葉も、犯した罪の大きさからすれば信じるのは難しい。
「……はあ」
白紙だった解答用紙は、もう最後まで埋まってしまった。シャーペンを置いて、裏返した。
テストは、たいていすぐに終わってしまう。いつもはそれに__寝る時間ができるから__喜ぶのだが、逆に今は、いろんなことで頭がいっぱいで、もう追いつかない。
佐藤は、今回はちゃんと解けているのだろうか。
『じゃあ、俺が今からその信頼を壊すのを許してくれよ』
この間の佐藤との出来事が蘇る。
あんなに悲しいキスは、生まれて初めてだった。唇から佐藤の心が聞こえて、とても辛かった。
今まで先生としてきたのがシュガーなら、佐藤としたのはビター。ただただ苦い。甘くなんてない。
信頼を壊す。それを先にしたのはお前だと、いっそ責めてくれたら、少しは楽になれたのだろうか。
私がそんな風に悩んでいたのは、テストよりもむしろ長く感じたのに、時間は誰にでも平等だ。気がつけばチャイムが鳴って、解答用紙は回収されていく。出席番号が一番だから、私のが一番上だ。
試験監督の先生が出ていってすぐ、先生は微かに白衣に染み込んだ煙草の香りを漂わせてやってきた。
「お疲れさま。来週は時間割変更あるから気をつけて。じゃあ、提出物出して帰ってね。はい解散」
ホームルームは短くて、すぐに終わる。
「さよなら」
みんなが出ていくなかで、いつもなら一番に部活だと出て行く佐藤は、動き方を忘れたように止まっている。
声を掛けようか迷って、躊躇って、考えて、結局私は、このあいだのことなんて何もなかったように振る舞うことにした。
「佐藤、部活は?」
白々しい。言っててそう思ったが、無視する。
「おお、東。あるぞ、今から行くところだ」
「そっか、頑張って」
「……おう」
距離感を躊躇うような間柄。今の私たちには、見えない溝がある。それはとても大きいから、そこを避けて会話をすると、中身なんてまるでない。
いつの間にか、二人きりだ。先生はいつ出て行ったんだろう。
「なあ、東」
佐藤の声は、ひどく落ち着いていた。逆にそれが、私を動揺させる。
落ち着け。大丈夫。
「…………何?」
「お前の好きな人って__」
ぎくり、と身体がこわばる。私は、そんなにばれやすい?
だが佐藤は、結局続きを言うことはせず、いつも通りに爽やかな笑みで教室を出て行く。
秋。何にでも旺盛になれるこの季節は、恋には向かないのかもしれない。
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テスト三日目あたりから、憂鬱感は引いたとはいえ、やっぱり私は佐藤の顔を真面目に見られなかった。
今日はついに最終日。二時間目の数IIのテスト。今回はいつも以上に復習したから、思いの外すらすらと解いていけた。
でも、頭の中で初日の先生との約束ばかりちらつく。
先生と会うのも若干に気まずいといえばそうで、怒らないなんて言葉も、犯した罪の大きさからすれば信じるのは難しい。
「……はあ」
白紙だった解答用紙は、もう最後まで埋まってしまった。シャーペンを置いて、裏返した。
テストは、たいていすぐに終わってしまう。いつもはそれに__寝る時間ができるから__喜ぶのだが、逆に今は、いろんなことで頭がいっぱいで、もう追いつかない。
佐藤は、今回はちゃんと解けているのだろうか。
『じゃあ、俺が今からその信頼を壊すのを許してくれよ』
この間の佐藤との出来事が蘇る。
あんなに悲しいキスは、生まれて初めてだった。唇から佐藤の心が聞こえて、とても辛かった。
今まで先生としてきたのがシュガーなら、佐藤としたのはビター。ただただ苦い。甘くなんてない。
信頼を壊す。それを先にしたのはお前だと、いっそ責めてくれたら、少しは楽になれたのだろうか。
私がそんな風に悩んでいたのは、テストよりもむしろ長く感じたのに、時間は誰にでも平等だ。気がつけばチャイムが鳴って、解答用紙は回収されていく。出席番号が一番だから、私のが一番上だ。
試験監督の先生が出ていってすぐ、先生は微かに白衣に染み込んだ煙草の香りを漂わせてやってきた。
「お疲れさま。来週は時間割変更あるから気をつけて。じゃあ、提出物出して帰ってね。はい解散」
ホームルームは短くて、すぐに終わる。
「さよなら」
みんなが出ていくなかで、いつもなら一番に部活だと出て行く佐藤は、動き方を忘れたように止まっている。
声を掛けようか迷って、躊躇って、考えて、結局私は、このあいだのことなんて何もなかったように振る舞うことにした。
「佐藤、部活は?」
白々しい。言っててそう思ったが、無視する。
「おお、東。あるぞ、今から行くところだ」
「そっか、頑張って」
「……おう」
距離感を躊躇うような間柄。今の私たちには、見えない溝がある。それはとても大きいから、そこを避けて会話をすると、中身なんてまるでない。
いつの間にか、二人きりだ。先生はいつ出て行ったんだろう。
「なあ、東」
佐藤の声は、ひどく落ち着いていた。逆にそれが、私を動揺させる。
落ち着け。大丈夫。
「…………何?」
「お前の好きな人って__」
ぎくり、と身体がこわばる。私は、そんなにばれやすい?
だが佐藤は、結局続きを言うことはせず、いつも通りに爽やかな笑みで教室を出て行く。
秋。何にでも旺盛になれるこの季節は、恋には向かないのかもしれない。
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