インターホンを押すと、ガチャリと鍵の開く音がして、佐藤が出迎えてくれた。

「おう、いつもありがとな」

「ううん。勉強は進んでる?」

「とりあえず提出物は終わらした」

「おっけー、じゃあ苦手なやつからやっていこうか」

いつもリビングにいる佐藤の両親は、毎回やけに嬉しそうに私を出迎えてくれるのだけれど、今日はいない。さりげなく聞いてみると、どうやら仕事らしい。

佐藤の家はなんていうか庶民的で、家族の存在を強く感じる。壁じゅうにかけられたたくさんの賞状と、写真たてに入った家族写真。少し幼い佐藤がトロフィーを持って嬉しそうに笑っている。

思えば、佐藤がサッカーをしている姿は、あまり見たことがないかもしれない。授業と、球技大会の時だけだ。それも、遠くから。

「できないのはどれ?」

「数学がこの辺で……英語がこんだけ。国語と社会系は特になかった。理科系は結構あるけど、まあ最悪あとでもいい」

「……ほんとに?」

「あー待て、そんなこと言われると心配になるだろ」

実際私は心配なのだけれど。

「まあいいよ。じゃあ数学からね」

佐藤はしっかりとわからないところにふせんなり赤丸なりしてくれてるから、すぐわかる。

問題はその量だ。いつもびっしりすぎて気持ちが萎えそうになる。

そしてそれは、私の機嫌の悪さに直結する。

「はあ……なんでさっき教えたこともわからないの?」

「だって、こうじゃないのか?」

「だから、そこは…………ごめん、ちょっと休憩させて……」

もう無理、と私はそっと問題集を閉じた。佐藤は理解は早いのにすぐに忘れてしまうから、いつまでも同じことを教えなくてはいけなくなる。全く先に進まない。

ぐでっと机に体を預ける。今日の問題量はいつもより多い。私だって、本当は教えてあげられるくらいの余裕はないのだけれど、佐藤に教えていると嫌でも頭に入る。

こんなことなら、もう少しわがままをいって、先生といればよかった。もちろんそう思ったところで、気の弱い私は実行になんて移せないのだけれど。

「……悪いな、俺が馬鹿だから」

ことん、と置かれた麦茶の入ったカップ。綺麗な音を立てて鳴る氷と、麦茶の透き通るような色は、いつ見ても素敵だ。

「それだけならいいんだけどね」

礼を言ってから、ずっと渇いていた喉を潤す。まだ暑いこの季節に、麦茶はよく合う。

「どういうことだ?」

「私の教え方が悪いのかなって。もしそうなら何回続けたって意味ないしさ」

すると佐藤は、なぜだか慌てて首を振った。

「そんなことねえよ。東はわかりやすいよ。わかりやすいんだけど……ただ、俺が覚えるのが苦手すぎて」

好きなことなら、きっと佐藤もメキメキと吸収していたのだろう。サッカーが何よりの証拠だ。朝早くから夜遅くまで、ストイックに取り組むことができている。

「……あ、そうか」

佐藤が覚えられないのが、楽しくないからだとしたら。

「これからは、方針を変えようか」

「方針を変える?」

「うん。ある程度教えるから、そのあとで適当に小テストする。しかもその問題は解いたやつとまるっきり同じやつ。もし全部合ってたら、おやつ奢るよ」

「マジで?」

そう、この目だ。佐藤がサッカーをしているときと同じ瞳。これは期待できるかもしれない。

「じゃあ、再開しようか」