自分の家に、レイがいる。それがどれほど自身を狂わせてしまうのか。彼方は自分から誘っておいて、どこか後悔にも似た気持ちを抱いていた。

先に使ってと言って無理に風呂に入れさせてから、もうすぐ三十分。彼方は今夜は引かないつもりで、二十歳になって両親から贈られたルパンを初めて開けた。

グラスに注がれる深紅の液体は妖艶で、口に含むと愛おしい。このまま酔えたらいいと思うが、この液体に彼方を惑わす力はない。

「……本当に、ダメになりそう」

今日がレイの誕生日だと知ったのは、本当はもっと、ずっと前。昔あったことがあるかなんて聞いてきた時には、思わず頷きかけたがぐっとこらえた。

彼方は『あの頃』から、随分と変わった。だから忘れられていても仕方ないのだと、最近になってようやく諦めがついた。

それから少しして、不意に脱衣所のドアが開く。

「……先生」

微かに朱に染まった頬。胸元まで伸びる髪がまだ濡れている。彼方が貸した服は当然ながらだぼだぼで、裾が有り余っていた。それすら愛しくて、今すぐ抱きしめてそのまま何もかも自分のものにしたいとすら思うが__理性で、抑える。

「髪、乾かさなかったの?」

「ドライヤーがどこか、わからなくて……あんまりいろいろ見るのは、悪いかなと思って」

そういう細やかな気遣いが彼女らしい。

「ああ、ごめん。閉まったままだった」

彼方は洗面所からドライヤーを持ってくると、レイを椅子に座らせた。

「乾かしてあげるよ」

「え、あ、自分でやります……!」

照れたように首を横に振るレイ。いいから、と押し切ってコンセントを挿すと、電源をつける。

「……恥ずかしい」

風に乗って微かに耳朶に届くその声に、むしろこちらが恥ずかしくなる。

まるで子供だ、と思う。今までの恋愛でこんなこと、したことがない。ただひたすらに、レイが欲しくて仕方ない。

理由を何かとこじつけてとにかくそばにいたくて、だがそばにいると気が狂いそうになる。

泊まってと提案した時には、さすがに断られると思っていた。思っていたのに__レイが待ってとでも言わんばかりに服をつかんで、その上、聞きますなんていうから、余計におかしくなりそうだった。

正直勉強に関しては、彼方が教えるべきことはほとんどないくらいにレイはできていた。それなのにこの家に来て、レイがわざとわからないふりをして聞いてくるから、可愛くて仕方ない。

「……乾いた?」

「あ、……ばっちりです」

にっこりと笑って、レイはさらさらと黒髪を揺らす。その様はひどく美しい。

自分はきちんと、レイから見て大人でいられているだろうか。

「じゃあ、ご飯にしようか。といっても、飲んじゃったからどこか行きたいならタクシーを呼ぶしかないけど……何か食べたいもの、ある?」

その問いに、小悪魔はまた無自覚に彼方を狂わせる。

「迷惑じゃなければ……先生のご飯が、食べたいです」