先生はミスコンが終わると、いつも通りの白衣に着替えて、当たり前のように私のもとへと戻ってきた。

ただ一つさっきと違うのは、先生が見えないように私の手にそっと触れていること。

引こうとするのにできないのは、先生がかすかにそれを拒んだからだ。

後夜祭ももう終盤。気がつけば、あたりはすっかり暗くなっている。それにようやく気づいたときには、後夜祭はメインイベントに差し掛かっていた。

「さあ! いよいよ最後ですよ!」

あっさりとミスコン三連覇を成し遂げた会長が、未だに全力のトークを繰り広げている。

去年なら私もそこそこに楽しめていたはずなのに、今年の後夜祭の記憶はさっきの先生あたりで止まってしまっている。

一途すぎる先生は、どうやら場所なんて関係なくアプローチしてくるようだ。

「メインイベント! 一分間の告白です!」

一分間の告白。これはなんでもいいので、普段思っていることを語るというもの。そう、表向きは。

実際のところ、このイベントは毎回異性への告白が主で__そしてそれは、高い確率で成功する。

だから、生徒みんながこぞってこのステージに立つことを願っている。

「レイ」

ふと先生は、囁くように私の名を呼ぶ。

「一つだけ、聞いてもいい?」

「なんですか?」

「信じても、いいかな」

「……何をですか?」

主語がないその言葉は、どんな意味にもくみとれるが、この場合は__

先生は悩む私を横目に、手を離して立ち上がる。そしてふわりと頭を撫でて、去っていく。タバコの残り香をあたりに漂わせて。

そうして、一分間の告白は始まった。

絶えず叫ばれる好きの言葉。私は悩みすぎているのだろうか。

好きには意味がありすぎる。恋人としてそばにいたいの好き、人としての好き、家族としての好き。人の心を理解するのが難しいように、好きはあまりにも複雑なのだ。

そしてその好きの違いがわからないから、私は先生に答えを出せない。

膝を抱えて悶々と悩む。教科書に書いてあることしか知らない、狭い世界の中にいた私には、レールから逸れた人生はやはり無理なのだろうか。

「……どうも、佐藤です」

やがて、そんな声がスピーカーに乗って聞こえてきた。思わず顔を上げる。

そこにはやはり、佐藤がいた。

会場は色めき立ち、みんなが気になった結果、かえって静まりかえる。

「俺も実は、言いたいことがあって」

マイクを握る手は、緊張からか微かに震えている。

「俺はバカだからうまく言えないけど……でも、そいつのことは多分、すげえ好きです」

その言葉は、とても綺麗に、心におちてきた。

「そいつはいつも下ばっか向いてるようなやつで、冷たいし、誰も友達なんていなさそうだったけど……最近変わって。俺以外にもどうやら魅力に気付いた奴がいるみたいなんですよ」

佐藤はうつむき気味な顔を上げる。

「俺は正直、誰にもその魅力がわからないと思ってた。そいつは多分、俺のことをクラスメイトとしか思ってないだろうし、ずっと好きだって気持ちも、きっと気付いてない」

佐藤はあくまで静かに、告白する。

「前に聞かれたんだよ。好きな人はいるのって。その時こいつすごい鈍いなって思ったけど……」

どきりとして、顔を上げる。

佐藤は最初から、ずっと私を見ていた。

「勉強しか頭にないし、きっと恋なんて知らないようなやつだろうけど……」

頭の中で、先生の言葉が蘇る。

『……僕は、奪われる心配もしないといけないわけね』

『信じても、いいかな』

もしかして、佐藤が私のことを好きなことに、先生は最初から気づいていた__?

「なあ、気づいてるだろ? いい加減」

佐藤の視線をたどった生徒たちは、皆一様に私を見る。

こんなの、公開処刑だ。

「好きだ。東」

佐藤の声が、体育館に確かな重みをもって響く。それは佐藤の長年の苦労を表しているようで。

「……無理だよ、こんなの」

先生への答えもまだはっきり出してないのに、佐藤に答えを出すなんて無理だ。

なのに、私の手元に生徒会の人がにこにこと笑いながら、返事をするためのマイクをよこす。

そのマイクは、恐ろしく重く感じた。

何度も躊躇って、深く息を吸い、そしてその何倍もかけて吐きだすと、ようやくマイクのスイッチを入れる。

「……佐藤」

マイクに乗ると、自分の声はとても弱くなった。

「私は正直……佐藤のこと、そういう目でみたこと、ない」

「知ってる」

「もし気づいてても……佐藤のことは、多分そう思えないと思う」

佐藤に告白されて気づいた。佐藤のことは嫌いじゃない。むしろ好きだけど__その先には、友情しかない。

だから私は、ちゃんとここで断らないといけない。

「だから……ごめ」

「いい。謝らなくて」

佐藤の顔は、少しだけ歪んでみえた。

「謝らなくていいから……これからも勉強教えてくれ」

無理に作った笑みは、きっと佐藤の強がりだ。だけどそれを指摘するつもりはない。

私たちは絶対に、人に見られたくない部分があるのだから。

「びしばしいくから、覚悟してね」

だから私は、佐藤に初めて、心の底からの笑みを見せる。

体育館に小さな拍手が起こり、それはやがて私たちを飲み込むほど大きな音になった。