・
見回りの時間がやってきて、私と佐藤は一旦制服に着替えて、校門前で落ち合った。
「東、腕章は?」
佐藤は私の左腕を見ながら言った。
「……ごめん、忘れた」
教室で着替えてきたときに、机の上にあったことを思い出す。今から取りに帰ると間に合わないし、かといってないならないで、それも困る。委員会の先生はとても厳しいのだ。
佐藤は深くため息をつくと、自身の腕章をよこした。
「これつけてたら少なくとも東は怒られないだろう」
「でもそしたら佐藤が……」
「うるせえ、俺はいーんだよ。さっさとつけろ」
佐藤は未だに劇のことを引きずっているのか、やっぱり不機嫌だ。
大人しくつけ終わったときには、佐藤はもう先を歩いていた。
「あ、待って」
佐藤は男の人だな、といつも思う。運動部だから、ガタイもいい。責任感も強いし、頼り甲斐もある。不器用な気遣いも、佐藤らしいといえばそうだ。
でも、だからか。先生は奪われる心配、なんて言っていたけれど、それはありえないのだ。
だって、以前佐藤に聞いたことがある。
『好きな人、いないの? もしいるなら、あんまり私と一緒にいない方がいいんじゃないかなって、思うんだけど』
『……なんで?』
『私だったら、もしそんな人に告白されても、信じられないから。他の女の子と仲良いのに、好きなんて言われてもって思うし』
すると佐藤は珍しく苦笑いして、
『いるよ。お前には教えないけどな。それと、お前の心配はいらねえよ。理解ある賢いやつだから』
と言った。好きな人がもし私なら、その時に言っているのが佐藤だろうと、ただなんとなく思っている。
見回りなんて言っても名ばかりで、はたから見れば完全に、私と佐藤で文化祭を回っているようにしか見えない。基本的には校内の安全を確認する作業だから、仕事なんてないに等しい。
言ってしまえば、佐藤の言う通り無駄なのだ。
「なあ東、俺焼きそば買っていいか」
言いながら、佐藤はもう、財布を取り出している。はぐれるわけにはいかないので、佐藤の後をついていく。
喧騒の中で、佐藤の声だけがはっきり聞き取れる。それがなんだか、不思議で落ち着かない。
「私のも買ってくれるの?」
冗談のつもりだったのに、佐藤は呆れたように笑いながら、二個買ってくれた。ちょうど出来立てなのか、温かい。
「ほらよ」
素直に受け取りながら、思う。先生に言わせれば、これも浮気なのだろうか。
先生の嫉妬のラインは曖昧で、私はふとした拍子に越えてしまっていることが多いような気がする。
「……なんだよ? 欲しかったんじゃねえのかよ」
私が浮かない表情をしていたのを、佐藤は敏感に感じ取る。佐藤は、私のこういう些細な変化によく気がつく。
「うん。ありがとう」
ひとまず笑みを浮かべて、礼を言う。ちょうどお昼時なこともあって、焼きそばを見るとお腹が空く。
食べようかな、なんて思うけれど、まだ当番の途中だし、何より焼きそばは歩きながらは食べられない__
そう思いながら、ちらりと佐藤を見ると、なんと歩きながら焼きそばを食べていた。
「うそ」
器用に人波を避けているところは、サッカーで鍛えられたものなのだろうか。こういう変な器用さは、私にはないからほんの少し尊敬する。
「つっても暇だな」
「まあ、事件なんか早々起きないしね」
私はやっぱり後で食べることにして、焼きそばは持ってきていたビニール袋にしまう。
「……なんなら、仕事ついでに二人で回るか?」
素っ気ないその言葉は、ふとすれば聞き逃しそうなくらい小さい。普段の佐藤よりも、何倍も。
「私は、別にいいけど……」
ちらり、と辺りを見る。先程から、この間のような視線を感じているのだ。人気者は、つくづく罪深い。
「また周りかよ」
「佐藤は慣れてるだろうけど、私は違うんだよ」
「そんなの気にしなくていいんだよ。あながち俺的には間違いでもないしな」
「……え?」
佐藤は返事を返さない。代わりに、男らしい大きな手を差し出してきた。
「お前さっきからずっと、はぐれそうで心配だから」
あくまで心配、らしい。そこにやっぱり好意なんてものはない。
私たちは、本当に疑いようもなく、ただ仲のいいクラスメイト。そこから先は、何もない。
「わかった」
だからこの手を繋ぐ理由は、先生と繋いだ時とはきっと別だ。
なのにどうして、佐藤の横顔は、少しだけ照れているのだろう。
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見回りの時間がやってきて、私と佐藤は一旦制服に着替えて、校門前で落ち合った。
「東、腕章は?」
佐藤は私の左腕を見ながら言った。
「……ごめん、忘れた」
教室で着替えてきたときに、机の上にあったことを思い出す。今から取りに帰ると間に合わないし、かといってないならないで、それも困る。委員会の先生はとても厳しいのだ。
佐藤は深くため息をつくと、自身の腕章をよこした。
「これつけてたら少なくとも東は怒られないだろう」
「でもそしたら佐藤が……」
「うるせえ、俺はいーんだよ。さっさとつけろ」
佐藤は未だに劇のことを引きずっているのか、やっぱり不機嫌だ。
大人しくつけ終わったときには、佐藤はもう先を歩いていた。
「あ、待って」
佐藤は男の人だな、といつも思う。運動部だから、ガタイもいい。責任感も強いし、頼り甲斐もある。不器用な気遣いも、佐藤らしいといえばそうだ。
でも、だからか。先生は奪われる心配、なんて言っていたけれど、それはありえないのだ。
だって、以前佐藤に聞いたことがある。
『好きな人、いないの? もしいるなら、あんまり私と一緒にいない方がいいんじゃないかなって、思うんだけど』
『……なんで?』
『私だったら、もしそんな人に告白されても、信じられないから。他の女の子と仲良いのに、好きなんて言われてもって思うし』
すると佐藤は珍しく苦笑いして、
『いるよ。お前には教えないけどな。それと、お前の心配はいらねえよ。理解ある賢いやつだから』
と言った。好きな人がもし私なら、その時に言っているのが佐藤だろうと、ただなんとなく思っている。
見回りなんて言っても名ばかりで、はたから見れば完全に、私と佐藤で文化祭を回っているようにしか見えない。基本的には校内の安全を確認する作業だから、仕事なんてないに等しい。
言ってしまえば、佐藤の言う通り無駄なのだ。
「なあ東、俺焼きそば買っていいか」
言いながら、佐藤はもう、財布を取り出している。はぐれるわけにはいかないので、佐藤の後をついていく。
喧騒の中で、佐藤の声だけがはっきり聞き取れる。それがなんだか、不思議で落ち着かない。
「私のも買ってくれるの?」
冗談のつもりだったのに、佐藤は呆れたように笑いながら、二個買ってくれた。ちょうど出来立てなのか、温かい。
「ほらよ」
素直に受け取りながら、思う。先生に言わせれば、これも浮気なのだろうか。
先生の嫉妬のラインは曖昧で、私はふとした拍子に越えてしまっていることが多いような気がする。
「……なんだよ? 欲しかったんじゃねえのかよ」
私が浮かない表情をしていたのを、佐藤は敏感に感じ取る。佐藤は、私のこういう些細な変化によく気がつく。
「うん。ありがとう」
ひとまず笑みを浮かべて、礼を言う。ちょうどお昼時なこともあって、焼きそばを見るとお腹が空く。
食べようかな、なんて思うけれど、まだ当番の途中だし、何より焼きそばは歩きながらは食べられない__
そう思いながら、ちらりと佐藤を見ると、なんと歩きながら焼きそばを食べていた。
「うそ」
器用に人波を避けているところは、サッカーで鍛えられたものなのだろうか。こういう変な器用さは、私にはないからほんの少し尊敬する。
「つっても暇だな」
「まあ、事件なんか早々起きないしね」
私はやっぱり後で食べることにして、焼きそばは持ってきていたビニール袋にしまう。
「……なんなら、仕事ついでに二人で回るか?」
素っ気ないその言葉は、ふとすれば聞き逃しそうなくらい小さい。普段の佐藤よりも、何倍も。
「私は、別にいいけど……」
ちらり、と辺りを見る。先程から、この間のような視線を感じているのだ。人気者は、つくづく罪深い。
「また周りかよ」
「佐藤は慣れてるだろうけど、私は違うんだよ」
「そんなの気にしなくていいんだよ。あながち俺的には間違いでもないしな」
「……え?」
佐藤は返事を返さない。代わりに、男らしい大きな手を差し出してきた。
「お前さっきからずっと、はぐれそうで心配だから」
あくまで心配、らしい。そこにやっぱり好意なんてものはない。
私たちは、本当に疑いようもなく、ただ仲のいいクラスメイト。そこから先は、何もない。
「わかった」
だからこの手を繋ぐ理由は、先生と繋いだ時とはきっと別だ。
なのにどうして、佐藤の横顔は、少しだけ照れているのだろう。
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