気に食わない。佐藤はただひたすらに、そう思っていた。

彼方のことは、先生としてはとても好きだ。だが、レイに近寄っているあの男は、どうもいけ好かない。

みんなは、気がつかないのだろうか? 佐藤は辺りを見回しながらそう思う。

__この二人は、明らかに先生と生徒以上の何かがあると。

「あ、東さん、そろそろ取らないと焦げるよ?」

「はい。……よいしょっと」

何気ない会話だ。だが、このクラス、もっと言うならこの学校で一番レイと過ごしている佐藤には分かる。

レイの好きな人__あの時はそんな言い方をしていなかったが__は、間違い無く、彼方だ。

「……ちっ」

佐藤は見ていられなくなって目を背けた。

入学したときから、レイのことが気にはなっていた。入試の成績の時点で既にトップの彼女は、入学式で当たり前のように壇上に立ち、緊張すらせずに、原稿を読んだ。その姿を見て、特別容姿が秀でている、とかそういうことを思ったことは正直あまりない。

だがそれは、目にも止まらないところで咲き誇る花のようで。

ただ何と無く、美しいと思った。

それから少し、レイを目で追う日々が続いた。レイが当番の日は図書室にだって通い詰めた。話すことはなかったけれど、それでも構わなかった。

『佐藤? 怪我したの?』

転機は放課後、保健室前で偶然に出会って、手当をしてもらったときだ。その時から既にサッカー部のレギュラーだった佐藤に、頑張っての一言だけを伝えて、レイは帰る。その時は夏の一年生大会が近かったから。きっと社交辞令だったはずだ。

しかし、佐藤にはその瞬間、去りゆくレイの後ろ姿が、どうしようもなく愛おしく思えた。今思えばそれは、間違い無く一目惚れだった。

(……なのに)

絶対に誰にも取られないようにと、必死にレイだけを見ていた。レイが好きだから本も読んだし、そのおかげで、出会って二ヶ月もすれば今のような環境を手に入れることができた。

だが自分は、それでもう満足しきっていたのかもしれない。レイの魅力に気づいているのは自分だけだと高を括って。

レイは、佐藤といても滅多に笑わなかった。佐藤をバカにしたように笑うことはあったが、心の底から楽しそうな笑み、というものを佐藤は見たことがなかった。

「ぐちゃぐちゃだね」

「ちょっとだけ、失敗ですね」

だが、佐藤は今、初めてレイが楽しそうに笑う姿を見た。それも、自分以外の相手によって。

「じゃあ、その失敗は僕がもらうよ」

「え、いや、これは流石にダメですよ」

自分でも時々思う。もう、レイのことは諦めたほうがいいのではないかと。

この女は鈍感で、勉強と本以外まるで頭にないのに。何故佐藤がレイ以外に勉強を教わらないのか、知りもしないのに。

なのに、どうしてもレイ以外を好きになれない。

立ち上がると、レイが持つたこ焼きを奪うようにして食べた。まだ微かに熱かったが、食べられないほどではなかった。飲み込むと同時に、二つめを口に入れる。

「食べないでよ。美味しくないでしょ?」

「うるさい、美味しいから寄越せ」

彼方はそのやりとりを見ながら、ふっと笑うと、レイの頭をぽんと軽く叩く。

「僕、これから会議あるから。また戻ってくるね」

「はい。お手伝い、ありがとうございます」

去り際、彼方は佐藤の耳元で囁く。

「__佐藤には、無理だよ」

何が、なんて問い返すほど佐藤は鈍感ではない。

「それが真実かどうかは、俺の目で確かめるから」

そう、例えば__

「……やっぱり、なんかいまいち」

レイにいい加減に気付かせる、とか。