彼が私を迎えに来たのは、10時を少し過ぎた頃だった。

私はリュックに大きなお弁当を入れて、更に勇太朗によってその中に折り畳みの釣竿を入れられた。


「はい」

そう言って渡されたのはヘルメット。


「なにこれ」

「なにって、ヘルメット」

「えっ、二人乗りするの?」

「そうだよ」

「え、このカブ二人乗っていいの?」

「90ccだからいいんだよ。渋いだろ」

「勇太朗のおじいちゃんのでしょ?昔よく乗ってたよね」

「おー。じーちゃん一昨年死んだから、もらったの」

「そうだったんだ…」


祖母と仲が良かった勇太朗のおじいちゃん。

小学生の頃、軽トラに乗せてもらってよくどこかへ連れて行ってくれた。
いつもにこにこしていて、やさしいおじいちゃんだったなあ。


「後ろシートついてないから座布団乗っけといたけど…痛い?」

「大丈夫」


カブに跨るものの、この、行き場のない私の手はどうすればいいんだろう。

肩に手を添えるのは傍から見た感じおかしいし、あ、ここ?荷台の出っ張ってるところ掴めばいいのかな。

そこを握ってみると、カブが急発進して、「うわっ」と体がついていかなくて後ろに引っ張られた。

すぐにカブは止まって、私は急に反り返った腰を撫でた。


「ばーか」

「え、なに!?今のわざと!?」

「慣れてるならいいけど、お前じゃ絶対体制崩すよ。ここ、腰に手まわせ」

「こ、腰」

「なんだよ」

「いやー…それじゃ遠慮なく…」


さらっと腰に手を回せと言われたけれど、男の子の腰に手を回すなんて初めてだ。

恐る恐る手を回した勇太朗の腰はやっぱりがっしりしていて、女の子のような柔らかさなんてなくて、私の知らない男の人で、どきどきした。


「よし。行くぞ」

「あ、安全運転でお願いします…」

「はいはい」


アクセルを回して、カブがゆっくり動いた。