拡張型の心臓病で入院していた瑞樹くんは、渡米して移植手術をすると決めたが、間に合わず亡くなってしまった。

『なんであの子が助かって、うちの子は助からないの』

そのとき須長くんのママが自分を見失ったかのように泣き叫んでいるところを見かけてしまった。
あの子というのは柚月のことだと、名前が出なくてもわかった。
命を比べられて、あの子が助かる位ならうちの子だって助かっていいはずよと言われたようだった。

あんな風に我を忘れた大人を見るのは初めてで、怖かったのもある。
だからか、その叫びは心臓移植ができて生き延びた柚月への憎しみのように受け止めてしまった。
お前だけ生きれるなんてずるいと。

それを知ってかママからも、あなたが生きてくれていることは本当に嬉しいことだけど、世の中には生きたくても生きられない人がいるし、柚月が助かったことで悲しむ人もいる。だからあからさまにもらった命を自慢したり、喜んではいけないよと言われ、ますます自分の気持ちは押し殺さなければいけないものなのだと悟った。

今、目の前で話しているこの人は、私の命をどう思ってるんだろう。
誰かの命を助けたいと言ってるけど、私が生きていることはまだ憎いことなのかな。
そんな考えが柚月の頭の中を駆け回り、動けないでいた。

「ゆづちゃん、そろそろ行かないと時間に間に合わないよ」

突然名前を呼ばれ驚いて見ると、そこにはハローくんがいた。なんのことかわからなくて、返事に詰まると
「早く行こう」と柚月の手を引く。
須長くんのママが、「またね、ありがとね」と柚月に手を振り、ようやく小さなお辞儀を返した。