ひとりだと思っていた君へ


「そっか。びっくりした」
胸を撫で下ろす。本気で不幸があったと思っていたようだ。
「ハローくんのこと思ってたら、手を合わせてたんだよ」
「俺のこと思って……って、俺、ゆづちゃんの中で死んだことになってたの?」
ぎょっとした顔をするから、また笑ってしまう。
それから
「そうだよねー」
と力をなくしたようにその場にしゃがみ込んだ。反省してるといった顔をしている。

急に音信不通になってしまい、どうしたんだろうと思っていた。
嫌われたとかそういうことも考えたりもした。
だけど、彼が目の前にいてくれことが奇跡のようにも感じて、責める気持ちは湧いてこなかった。
それにと柚月は思うことがある。

「ハローくんが、死んだなんて思ってないよ」
「え?」
顔を上げた。
「ありがとうって思ってたところ」
「ゆづちゃん……」
と立ち上がる。

「それに、私、ハローくんにまた会えるって信じてたよ」
「信じてた?」
「前にハローくん言ってくれたじゃん。私がまた会いたいって言ったとき、じゃあ会えるね、お互い会いたいんだもんねって言ってくれた。お互い今でもそう感じていたら会えるんだって、なんとなく信じてたんだ」

自分で言いながら少し照れてしまう。

だけど彼はひどく真面目な顔で
「俺も会いたかったよ、本当は。ゆづちゃんに会いたかった」
柚月を見つめながら言った。

それから「ごめん。避けてて」とハローくんは謝罪する。

「色々考えちゃって。ゆづちゃんの体調を悪くさせたり、迷惑をかけたこととか、すごく反省して。もうあんな思いさせたくないと思って、会わないほうがいいって勝手に思ってた」
「……そっか。それが理由だったんだ」
「でも、そんなことどうでも良かったって、 わかったから」

会っていなかったのに、お互いに似たようなことを感じていたらしくて、柚月はまた鏡のように感じた。本当に鏡なのかもしれない。こうして自分の心がどんなものか周りはいつも映して見せてくれているのかもしれない。なら、なおさら、心は澄んだ水のようでいたい。映し出す世界はきっと柚月が想像もできないような美しいものに変わるような気がするから。

「本当にらしくなかった。俺、こんな風に考えたりしないのに、ゆづちゃんと出会って嬉しいこともあったのに、昔のこと思い出したら、なんか段々らしくないことばっかしてたよ。だからね。回りくどいことはしない。ただゆづちゃんのこと好きだって言いたくて会いに来た」
「……うん」
「俺、ゆづちゃんのこと好き。ゆづちゃんが笑ってくれることが俺の幸せ。だから、これからも一緒にただいたいんだ」

力強く告げる。
柚月は大きく頷き笑顔で返した。
彼の腕が伸びてそっと柚月を抱きしめた。
喜びに包まれると、世界そのものが愛おしく感じる。
柚月はぎこちなく彼に腕を回す。
こうしていると、触れるもの、見えるもの、聞こえるもの、五感の全てで幸せを感じられる。
柚月が思う以上に、世界は明るく眩しい、そんな光に既に満たされている。

「そういえば、さっき天使の羽根みたいな雲見つけたよ」
「え、本当に?」
「うん、ゆづちゃんに見せたかったなぁ」
「見たかったけど、今こうしているのはそのお陰なのかもね」

顔を見合わせると柚月は
「ありがとう」
と彼に伝えた。

心の中が溶け合うような喜びに震える。少し泣きそうな顔で彼は優しく微笑んだ。

春休みになった。
今年は暖冬だったせいか、桜の開花が早かった。
今日はハローくんと出会った頃に約束したピクニックをすることになったが、桜の時期と重なったので、お花見と言ってもいいかもしれない。

早めに起きた柚月はお弁当の準備にとりかかる。
一人で作るのは不安もあって、ママに少し手伝ってもらうことにした。

2人でキッチンに立っていると、美織が
「春生とデートなの?」
となぜかハローくんを名前で呼ぶ。どっちが彼女かわからない。

初めの頃、そう呼ばれる度、美織を威嚇していたハローくんもどうやら諦めて最近では返事をするようになった。
美織もハローくんのことを毛嫌いしていたけど、最近ではこうして柚月と彼のデートのことなど気にかけている。

だいぶ打ち解けてきたなと柚月は二人のやりとりを見ていると微笑ましくもなる。

それにしても「私も手伝わせて」と言うから、珍しい。

ピーマンにひき肉を詰めてもらうと
「美織、入れすぎ」と山盛にされたひき肉を見てママが注意する。

「いいの。美織の愛情。生焼けで食べてもらうから」
「美織、食中毒になるからやめて」と柚月が笑って返すと
「はーい」と入れすぎた分をスプーンで落とした。

3人で作ったお弁当とビニールシートが入ったバックを持つ。玄関に行くと美織が
「春生にピーマンの肉詰め焼いたの私って言っておいてね」
「うん」
パタパタと足音がすると「いってらっしゃい。気をつけてね」とママも玄関まで見送ってくれた。

風が少し強いようだけど、気温も高く行楽日和だ。

ふと携帯が鳴って見ると、須長くんからメールが届いていた。

『今日、バイト?』
『今日、休みなんだ』
『そっか。買いに行こうかと思ってたんだけど、また今度にしようかな。次、いついる?』
『明日、いるよ! でも宏くん、甘いの好きじゃないんじゃなかったけ?』
『柚月のバイト先の話したら、母さんが食べたいって言ってたからさ。柚月にも会いたいらしいから、いるときに行こうと思って』
優しい気持ちになり、メールの文章をしばらく眺めていた。

『私もおばさんに会いたいな。明日、楽しみに待ってるね』
と返信した。

公園に着くと、普段より賑わいを見せていた。
色づきを見ると、すっかり開いた花びらもあればまだ蕾のものもあり、五部咲といったところだろうか。

そんな桜を子供でも見るような目でハローくんは見上げていた。

その様子が可愛らしかったので、しばらく眺める。

そうしているとその視線に気づき
「いつから見てたの?」
と少し照れながら言った。

「うーん。5分前くらい?」
「え? 5分も?」
「嘘。3分くらいかな」
「そんなに見られてたなんて……ていうかそんなに眺めていられるのがすごいけど」
「ハローくんだからだよ」
と柚月は笑顔で答えた。

芝生にビニールシートを敷いて、お弁当を広げた。
3人で作ったことを伝えると丁重に手を合わせて
「いただきます」と言うので柚月も真似をした。

「美織の作ったのこれだよ。食べてほしいみたい」と少し焦げたピーマンを指さす。
それでも全て美味しいと平らげる。
お腹がいっぱいになって、ハローくんがごろりと寝そべるから柚月もまた真似をして横になった。

伸びた桜の枝や空が視界いっぱいに広がると、自分も自然の一部のような気がする。
目を少し閉じるだけのつもりが、そのままウトウトしてしまい柚月は眠ってしまった。

目を覚ますと、隣にハローくんがいなくて驚いた。
身体を起こすと、彼の着ていたパーカーが脱ぎ捨てられていたのでトイレかどこかに行ってしまったに違いない。
三角座りをしてパーカーを手繰り寄る。膝の上に乗せると、彼の匂いがして安心する。

そういえば最近柚月は変に懐かしさを感じることがなくなった。
代わりに彼といると、知らない感情が味わえて本当の自分を知る旅をしているような気にもなる。

「ゆづちゃん、起きた」
駆け寄ってきたのはハローくんで手にはなぜかシロツメクサの花冠がある。

「あれ、どこに行ってたの?」
「ゆづちゃん、寝てたからさ。そこで子供と遊んでた」
「遊んでたって? お花で?」
「うん」

そう言って柚月の頭にふわりと乗せた。
「可愛い」と笑顔で言うものだから、さすがに照れてしまい「ありがとう」と返すだけでやっとだった。

「俺、忘れてたんだけど、小さいとき、女みたいって仲間外れにされてたと思ってたんだけど、女の子の友達はいたんだよね。だから、こういう遊びは得意だったんだ」

ハローくんが自分の幼い頃の話をするのは珍しくて、自然と聞き入ってしまう。
そして幼少期にも自分には友達がいたことを思い出したことが、またハローくんの表情を柔らげたようだった。

「確かに上手だね。私、もう作り方忘れちゃったかも」
「へへ」
「意外な特技」

ふっと目が合うと、
ハローくんが身体を少し寄せたので、柚月は目をつむった。
唇が優しく重なって、それから目を開けると彼でいっぱいになる。
沈黙が愛おしい。
彼が柚月の長く伸びた毛に指を絡めていると、風が強く吹いた。
2人で思わず見上げると、桜が舞い落ちてくる。
柚月は今という瞬間が永遠のような気がして、そっと彼の肩に身を寄せた。








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