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「うぅ…うぅ……」

小さな部屋の中で、さらさらロングの黒髪の小さな、小さな女の子が一人。

声を押し殺して泣いていた。

「どうしたの?」

たまたま通りかかった同じくらいの、目がとても綺麗な男の子が、女の子に話しかけた。

けれども話しかけられた女の子は、泣くのをやめようとするのに精一杯で、声を出すことができずにいた。

それに気づいた男の子は、

「悲しい時は泣いていいんだよ?」

そう言った。

その言葉を聞いて安心した女の子は、

「うわーん」

声に出して泣いた。

しばらくして、女の子は泣き止んだ。

「ありがとうね」

目を赤く充血させた彼女がそう言うと、

「何か嫌なことでもあったの?」

男の子はそう優しく問いかけた。

「あのね。お芝居がね、上手にできなくてね。怒られちゃったの」

「それで悲しくて泣いてたの??」

そう聞かれた女の子は、大きく首を横に振った。

「じゃあ、どうして?」

「悔しかったの」

「悔しい?」

「うん。だって立派な女優さんになりたくて頑張ってるのに、ちっともうまくいかないんだもん。私には、なれないのかなぁ」

それを聞いた男の子が、

「なれるよ!!君なら絶対なれる!!」

と力強く言った。

「誰にも応援してもらえないのに、なれるわけないよ。ママもパパも、私には無理だって言って応援なんてしてくれないんだもん」

そう言って、女の子は再び泣き始めた。

「なら、僕がする!!」

その言葉に女の子は一瞬、キョトンとして泣き止んだ。

「僕が君を応援するよ!だから、君ならなれる」

そう言って男の子は笑った。

それにつられて女の子も笑顔になった。

そんな女の子を見て顔を赤くした男の子が、

「君、名前はー…??」

て東野と同時に、

「ユズちゃーん!出番よーー!!」

そんな声が聞こえてきて、

「私もう行かなきゃ!!あなたのおかげでスッキリしたわ。ありがとうね」

そう言って女の子は走り去った。

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ガラガラッ

私が2年B組の扉を開けると、相変わらず周りに女の子を侍らせた、窓際の一番うろの席の彼に声をかけられた。

「おはよう、結月ちゃん」

「おはよう、蓮君」

今日で、私がこの学校に来てからもう3週間目になる。

そして蓮は、先週の火曜日の私たちが同じクラスだと判明したあの日から、毎日教室に来て真面目に授業を受けている。

知った時には驚いたが、この教室に足を踏み入れたのは、どうやらあの日が初めてだったらしい。

今までも学校には来ていたけれど「授業受けるのめんどかったから」とか言う理由で、教室には来たことがなかったらしい。

だからいつも屋上にいたんだと、ようやく繋がった。

そして、蓮効果……蓮様効果はすごい。

「おはよう、佐藤ちゃん」

「佐藤ちゃんヤッホー」

そう私に声をかけるクラスメートたち。

ーー佐藤ちゃん。

それは私のニックネームらしい。

蓮がクラスに来るようになったあの日から、クラスのみんなも話しかけてくれるようになった。

私に対して"ダサ子"なんて言う人はいなくなったし、話しかけたら返してくれるようになった。

当たり前のようなことが、私にはとても素晴らしいことのように感じられた。

そして50分間、静かな授業を真面目に受け10分間の休み時間になると、女の子の黄色い声が飛び交うのを端で聞いている。

というスタイルは、もういつものことだ。

けれど今日は、昨日が久しぶりの撮影で疲れていたせいか、午前中の最後の授業でだんだんと、ウトウトし始めた私は"絶対に寝ないぞ"と初めのうちこそ睡魔と闘っていたが、とうとう夢の中へと意識を飛ばした。

私は夢を見た。

あれは6歳の時のことだ。

あの日は私が初めて、お仕事をした日。

あのドラマの時も確か、渡辺さんの娘役だった。

あの夢を見たのは昨日、渡辺さんに会ったからだろうか。

あの時、初めてのことだらけで戸惑ってNGを出し続けてしまった私は、監督に怒られ両親にも''できない子"と言われて、悔しくて泣いていた。

そんな時に初めて男の子に、優しく話しかけられて、私の話を聞いてくれて"応援するよ"なんて言ってくれて。

とても嬉しかったのをつい昨日のことのように覚えている。

そしてその優しさと強さに、私は惹かれた。

あの時の彼は、今どこで何をしているのだろうか。

彼は確かに、私の初恋の人だった。

私が目を覚ました時、キーンコーンカーンコーンとチャイムが鳴り、その授業の終わりを告げた。

結局、その授業は全く聞かずに終わってしまった。

なんて思いながら、私は屋上へと足を運んだ。

私が屋上についてしばらくしてから、

「結月」

そう言って屋上に蓮がきた。

これも、もう毎日のこととなっている。

「昼飯くおーぜ」

そう言って私の隣に蓮が座るのがいつものことなのに、蓮はそうしなかった。

「なんかあったの?」

そう私に尋ねてきた。

「何もないよ」

「嘘つくなよ。さっきの時間、珍しく居眠りしてたじゃねーか。どうしたんだ?」

優しく問われて、私はどうしたらいいか戸惑った。

「話してみろよ」

そんな蓮の言葉に引き出されるようにして、私は蓮に質問をした。

「ねー、蓮」

「ん?」

「蓮の初恋っていつ?」

そう尋ねた私に蓮は目を丸くして、

「まさか結月ちゃん、恋のお悩みですか?」

そう言った。

顔を赤くした私に、

「そうか、とうとう結月も初恋ですか。いや、いいと思うよ。この歳で初恋も。うん、可愛らしくていいと思うよ」

なんて言ってきた。

「違う」と言おうとした私に、

「で、相手は?」

なんて聞いてきた。

「だから、違うんだって!」

そう私が叫ぶと、蓮は喋るのをやめた。

「初恋の人の、夢を見たの」

私は呟いた。

「夢……??」

聞き返してきた蓮に、私は答えた。

「そう、夢。さっきの時間寝てたら初恋の夢を見たの。私の初恋はかなり昔。まだすごく小さかった時。その人はとても優しくて、心が強くて。悩んでいた私を励ましてくれて、勇気をくれたんだ。っていっても、もうずーっと会ってないんだけどね」

「会いたい?その人に」

「会いたい、かな」

名前も知らない彼は、今どこで何をしているんだろう。

元気にしてるかな?

そんなことを考えながらボーッとしだした私に、蓮はただ「そっか」とだけ返してきた。

しばらくの間、二人とも黙って空を見上げていた。

その沈黙を破ったのは蓮だった。

「おれの初恋も、同じくらいだよ。なぁ、結月はこの学校の理事長のこと知ってるか?」

不意な質問に驚きながらも、

「渡辺さんのこと…??」

私は答えた。

「あぁ。この学校の創設者であり、理事長であり大女優でもある、渡辺芽依」

「まさか、蓮は……」

渡辺さんのことが好き……??

そう聞こうとすると、

「ちげーよ。好きじゃねぇよ、あんなババァ」

「ちょ、ババァはないんじゃないの?」

「いや、でも歳だし…。って、そうじゃなくてあれ、俺の母親」

「え!!??」

蓮が、渡辺さんの息子!??

そういえば昔、渡辺さんから聞いたことがある。

「うちの息子もユズちゃんと同じくらいなのよー。生意気だけどそれがまた可愛くてねー」

と言っていた覚えがある。

けど、蓮が!!??

私はビックリして、声が裏返ってしまった。

すると蓮は笑った。

「驚くよな。マスコミにも言ってないし。これ秘密だぞ。あの人の息子だからって、小さい頃から俺は周りから俳優になれって言われてた。でも、俺は嫌だった」

なんで…??

そう聞いてもいいものか困っていると、それを察してか、蓮は話しだした。

「渡辺芽依の息子なら、すごい俳優になるに違いない。なんて言われたって、俺はただのガキだったし、興味すらないのになれるわけなかった。それに、そんな期待に応えられないかもって、考えると怖かったんだ。それで俺が6歳の時、母親に無理矢理、撮影現場について行かせられて、彼女に出会った。俳優になれって言われるのが嫌で、俺は大人から逃げ回って、どこか隠れる場所を探してスタジオの中を歩き回ってたんだ。そして30分ぐらい歩いた時には、一つの部屋から誰かがすすり泣く声が聞こえてきたんだ。それでなんでかな。俺の足は自然とその部屋に向かっていた。部屋に行くと、俺と同じくらいの小さな女の子がたった一人で、声を押し殺して泣いていたんだ」

ねぇ、ちょっと待ってよ。

「それを見てるのが辛くて、俺はこう言ったんだ"悲しい時は、泣いていいんだよ"って。そうしたらその女の子はやっと、声を出して泣いだんだ。泣き止んだその子に、泣いていた理由を聞いたら悔しくて泣いたんだって。演技が上手くできなくて、大人に叱られても、悲しくてじゃなく悔しくて泣いたんだって言ったんだ」

ここまで聞いてしまったら、嫌でもわかる。

わかってしまう。人気のないところに一つポツンと置いてあった机に、私たちは向かい合わせに座った。

「久しぶりね、ユズ」

渡辺さんが口を開いた。

「高校生活、楽しめてるかしら?」

「はい、おかげさまで」

クラスにいまだに馴染めていないなんて言えない。

渡辺さんに、心配かけるわけにはいかないし。

「そう、なら良かったわ。でも無理はしないでね。疲れた時は学校を休んでいいのよ。あの学校はどれだけ休んでも、私に任せてくれれば卒業できるからね」

そう言って、私にウィンクをした。

「ありがとうございます」

しばらくして、私はふと気になったことを聞いてみた。

「渡辺さん、今日はどうしてこちらにいらしたんですか……?」

「あら、このドラマにあなたの母親役で、友情出演するからよ?」

「え!??そうなんですか?」

「そうよ。第1話だけだけれど、よろしくね」

「よろしくお願いします」

それからしばらくの間、他愛もない話をしていると、

「休憩終了でーす」

と声がかかり、私たちは撮影に戻った。