コロンコロンッ

私は消しゴムを机から落としてしまった。

するとすぐに、前の席の男の子がそれを拾って「はい、どうぞ」そう言って、私に微笑みかけた。

「ありがとう」

「どういたしまして。俺の名前は、山本湊。君は?」

「わ、私は…伊藤凛です」

控えめに言った私に「凛ちゃん、よろしくね」男の子はそう言って、再び微笑んだ。

「カーット!!」

「いいね!いいよ!ユズちゃんは控え目で大人しい凛ちゃんそのものだし、蓮君も優しくて爽やかな湊……っくぁーいいねぇ!!」

そう言って監督はニカっと笑って付け足した。

「ちょっと休憩挟もうか」

今日は日曜日。

そして撮影初日。

今、私は都内のとあるスタジオでドラマ撮影の真っ最中だ。

さっきのは、高校二年生のクラスになったばかりの、凛と湊が初めて話す重要なシーンだった。

一発でOKもらえてよかった。

そう思っていると、

「ユズさん、お疲れ様です」

聞きなれた声が後ろからした。

この声はーー

「お疲れ様、蓮君」

そう、蓮だ。

湊役の蓮と凛役の私は、一緒のシーンがかなり多い。

「ユズさん、次のシーンもよろしくお願いします」

「こちらこそよろしくね」

と私が返した時、

「ユズーーー」

と言う声が遠くから聞こえてきた。

声のした方を向くとそこには、見知った人がいた。

「渡辺さん!!お久しぶりです」

「久しぶりね。ユズ、今ちょっといいかしら」

そう言って、渡辺さんは私を手招きする。

「蓮君、またあとでね」と蓮に告げた私は、渡辺さんについて行った。

渡辺芽依(わたなべめい)さんーー

今、目の前にいる彼女こそが私の通う白浜高校の創設者でもあり、理事長でもある大女優だ。

見た目は若くて30代前半か、20代に見えないこともないが、実は40歳はとうの昔に越していて私にとってはお母さんのような存在だ。

彼女は、自身が仕事が忙しくて高校を中退してしまったことを悔やみ、同じような人たちのために自ら高校を建てたのだ。

私を白浜高校に転校させてくれたのも同じ理由で、

「高校生活を楽しみなさい」

そう彼女に言われたのを、私は鮮明に覚えている。