50分の授業と10分の休み時間というスタイルが何回か繰り返されて、いつの間にかお昼休みになった。

休み時間のたびにクラス中からの視線を浴び、ヒソヒソ話をされた私は、とても居心地が悪かった。

だから私はお昼休みになった瞬間、朝自分で作ったお弁当を持って教室を出た。

ーーー誰もいないところに行きたい。

廊下を歩きながらそう思って、ふと考えてみる。

「そうだ!」

1ヶ所、良いところが思い浮かんだ私は、階段を一気に一番上まで上がり詰めた。

今、私の目の前には大きな扉がある。

この扉を開ければ、屋上へと出ることができる。

誰もいませんように。

そう願いながら、私は扉を開いた。

「よしっ。誰もいない」

屋上には、ベンチが一つ奥の方においてあるだけで、それ以外には何もなかった。

私は顔を上に向けた。

「綺麗だなぁーー」

見上げた空は、青かった。

どこまでも続く青い空は、とても澄んでいて嫌な気持ちなんて、すぐに消えていった。

綺麗なこの空を、いつまでも眺めていたい。

そう思った。

「あぁ゛ーーーーー」

私は空に向かって、大きく叫んだ。

嫌なことを全部、忘れるように。

クラスは最悪だ。

私はみんなに隠し事をしているわけだから、優しくされたらされたで、罪悪感に苛まれたかもしれない。

けれど、さすがに今の状況はきついよ……。

「はぁー」

私は知らず知らずのうちに、溜息を漏らした

「うるせぇーなぁ」

ふいに声が聞こえてきた。

けれど、前を見ても後ろを見ても誰もいない。

「幽霊ー…??」

「なわけねーだろ」

その言葉と同時に、屋上の奥の方で一人の男の子が、立ち上がった。

「ったく、人が寝てんのにさっきからブツブツ、ブツブツうるさいんだよ」

どうやらベンチの上で寝ていたようだ。

逆光で顔がはっきり見えない。

けれど、その男の子は背がかなり高かった。

160cmの私よりも20cmは高いだろう。

そして全体的に細くて、手足はとても長かった。

スタイル抜群。

まさにその一言につきた。

男の子は私にどんどん近づいてきた。

そして顔を覗き込まれて、目が合った。

1秒、2秒、3秒……。

どちらも目をそらさなかった。

男の子は、とても綺麗な顔をしていた。

切れ長の目に大きな黒目、筋の通った鼻。

絵の世界から抜け出してきたんじゃないかと思うくらいに、整った顔つきだった。

ふいに、男の子が口を開いた。

「お前、見ない顔だな」

「今日、転校してきたばかりだから」

私がそう言うと男の子は「へー」と言って、私を上から下まで眺めた。

「でも、その格好はねーよ」

そう言って笑った。

「ほっといてよ」

「何言ってるの?俺に構って欲しくてここに来たんじゃないの?」

「は?そっちこそ何、言ってるのよ」

私がそう言うと、男の子は眉をひそめた。

自分に構って欲しくて人が来たとか、どうやったらそんな考えにたどり着くんだろう。「お前まさかさ、俺のこと知らない??」

この人、いったいどれだけ自過剰なのよ。

「知ってるはずないでしょう」

そう言うと、男の子はとても驚いた顔をした。

「俺、鈴木蓮(すずきれん)だよ」

「そう」

「そうって……。え、本当に知らない?ね、名前くらい聞いたことない??」

「ないよ」

はっきりと答えた私に蓮は、

「あー。まだまだだなー俺も。一応、俳優やってるんだけど」

その言葉に、私の肩がピクリと反応した。

「そう…なんだ」

「あぁ。ショックだな、日本にも俺を知らない人がまだいたなんて」

「ごめんね…。私、最近までアメリカにいたから」

「アメリカか…。やっぱりアメリカでは知られてないよな」

と言って蓮は力なく笑った。

「俺さスッゲー好きな人がいてさ、その人に俺のこと知ってもらいたくて、気づいて欲しくて俳優始めたんだ。

いきなり語り出した蓮に、私は気の利いたことは何も言えず、ただ「うん」と相槌を打つことしかできなかった。

「でもその人、今アメリカにいるんだ」

その言葉を聞いて、私は自分の失敗に気づいた。

アメリカにいたから知らないなんて、言ってはいけなかったんだ。

「ごめん…」

「いや、別にお前が謝ることがじゃないし。俺も、もっと頑張らなきゃなって思えたし…って、俺なんでお前にこんなこと話してんだろうな」

「さぁ?私は知らないや」

そう答えると、蓮は笑った。

「なぁ。お前、名前は?」

「佐藤結月」

「結月か…。俺は蓮。ってこれ、さっきも言ったか」

そう言って、また笑った。

私もつられて笑うと、蓮が急に顔を俯いた。

「どうしたの…?」

私が顔を覗き込むと、蓮の頬が少し赤かった。

「お前、その方がいいな」

「え?」

「笑ったら結構、可愛いんじゃん?」

そう言われて、私は自分の頬が熱くなるのを感じた。

「なあに言って……」

「結月、顔真っ赤だよ?」

してやったりな顔をして、蓮は再び笑った。

「そういえば、結月はここに何しに来たの?」

「空を見に来た」

そう答えた。

「そう、空。大きな空を見ると、嫌なことは何もかも忘れるかなって思って。ここは空が近いでしょ?」

「そうだな。確かに空はいいよな。どこまでも続いてるし」

私たちは同時に空を見上げた。

見上げた空はどこまでも、どこまでも青く澄んでいた。