葵ちゃんと話していた教室から走り去って、私は屋上に向かった。

理由は単純。

ただ空が近いから。

どこまでも続いている大きな空を眺めると、心が落ち着く。

けれどこの場所は、蓮との思い出がたくさんありすぎる。

ポタッポタッ

頬に温かいものが流れた。

私はいつの間にか泣いていた。

「蓮……」

私はきっと、蓮を傷つけた。

ずっと一緒にいたのに、自分がユズなんだってことを、隠していたんだから。

社長にわざわざ許可をもらってからとかじゃなくて、もっと前に打ち明けていればこんな形で知らせなくて済んだのに。

そう後悔しながら私はただひたすら、

「蓮……」

そう呟いて泣いた。

しばらくして、屋上の扉が開く音が聞こえてきたかと思うと、

「結月」

不意に名前を呼ばれて、次の瞬間にはギュッと、力強く抱きしめられた。

「蓮!?」

私はビックリして声を上げた。

けれど蓮は力を緩めることなく、

「結月、ごめんね」

そう、私に謝った。

「どうして、蓮が謝るの?」

ずっと隠していたのは私なのに、おかしいでしょ。

そう私が尋ねると、

「気づいてあげられなくて、本当にごめん」

腕の力を少し弱めて、私の目を見てそう言った。

「怒って、ないの?」

「怒るわけないだろ」

恐る恐る尋ねた私に、蓮は笑って答えた。

「怒ってはないけど、恥ずかしいな」

そう言って、蓮は顔を私から背けた。

「恥ずかしい?」

そう私が聞き返すと、

「だって今まで俺は、ユズさんが素敵だって散々、結月に言ってきた上に、結月と付き合えたって有天頂でユズさんに話したりして。あれは別人に話してたつもりだったけど、つまりは全部本人に言っていたってことだろ?俺、かなりカッコ悪いじゃんか」

そう言った蓮の顔は、だんだんと赤く染まっていった。

「あ、あれは私も恥ずかしかった!!」

私も頬が熱くなるのを感じた。

いつもユズを褒めちぎられるたびに、恥ずかしかった。

けど、

「嬉しかったよ?」

あんなに褒めてくれて。

結月と付き合えたって、すっごく嬉しそうにいってくれた時も、本当に嬉しかった。

「俺は、結月のこと大好きだから」

突然、蓮はそう言った。

「初恋だった憧れの人も大好きな人も、全部お前なんだから俺がお前を嫌いになるわけないから。だからもう、隠し事はなしにしろよ?」

と言って、私に返事を促した。

「う、あ!!」

うん、と言おうとして私はあることに気づいた。

「私、蓮に言ってないことがもう一つある」

そうだ。

お兄ちゃんの話をした時に流れてしまって、結局言えずにいたんだ。

「なに?」

ゆったりとした口調で聞いてきた蓮に、私は答えた。

「私の初恋の人、蓮なんだよ?」

私のいきなりのカミングアウトに、蓮は驚いた表情をして、固まった。

「初めて会った6歳の時、あなたが声をかけてくれて、本当に嬉しかった。親にも監督にも怒られて、全然できない自分が悔しかった時に、優しく声をかけてくれて、私の話を聞いてくれて"応援するよ"なんて言ってくれて、とっても嬉しかったんだ。そしてその優しさと、近くにいると安心できる強さに、私は惹かれたの」

私は一気に言った。

するとついさっきまで固まっていた蓮が、

「なら俺たち、もうずーっと昔っから両想いだったわけだ」

そう言って、満面の笑みを浮かべた。

「なぁ、結月」

蓮が空を眺めながら、私に声をかけた。

「なぁに?」

「もう、俺の前以外で泣くなよ?泣く時は絶対、1人で泣くな。あの時も今日も、結月は人を頼らなさすぎる。これからは、俺の前だけ大声で泣け」

そう力強く言った蓮に、

「うん。そうさせてもらう」

私は素直に頷いた。

「じゃあ改めて、結月大好き。ずッと俺のそばにいて?」

「いいよ。蓮が嫌になるくらい、ずッとそばにいてあげる」

私がそう答えると、

「嫌になるわけないし」

蓮はそう言って、笑った。

ーーーーーーーーー
ーーーーーー
ーーー

「おはようございます、ユズさん」

「蓮くん、おはようございます」

蓮に私が結月であり、ユズでもあると知られてから3日だった今日、とうとうドラマ撮影の最終日となった。

とても重要な、最終話のラストシーンの撮影の撮影だ。

喧嘩別れをした状態で、とうとう湊は朝の便でアメリカへ行くと人伝に聞いた凛。

けれどなぜか湊は学校へ来ていて、凛は驚きを隠せない。

「どうして、湊がここにいるの?」

そう聞いた凛に、

「アメリカもいいけど、やっぱり凛がいないとつまんないし」

そう言って、湊は笑った。

そして、

「凛、俺もう凛の友達になりたくない」

「え…」

突然言われて、凛は悲しんだ。

「湊、私……」

アメリカへ行くことを黙っていたからと、湊を攻めたことを謝ろうと口を開いた凛を遮って、

「凛、俺…凛の彼氏になりたい」

そう言って、湊が凛を抱きしめた。

「凛、愛してる」

そう言う湊に凛が、

「私も湊を愛してる。大好きだよ!」

と言って抱きしめ、物語はハッピーエンドを迎える。

「じゃあ、そろそろ撮影を始めようか」

監督の言葉を合図に、最後の撮影は始まった。

蓮と屋上で出会ったあの時から、いつの間にかたくさんの月日が流れていた。

初めは蓮のこと、名前すら知らなかったけれど、今はたくさん知っている。

蓮は優しくて芯が通っていて、私に勇気をくれるかっこいい人。

それに、蓮はどんな私でも受け止めてくれる。

飾った私じゃなくて、弱い私だって蓮の前になら、安心してさらけ出せる。

蓮が私を抱きしめながら、

「凛、愛してる」

そう言った。

ねぇ蓮、知ってる?

その愛してるって言葉が、たとえ凛に向けられたものだとしても、台詞だってわかっていても、私は凛に嫉妬をするってこと。

私はそう思いながらも、

「私も、湊を愛してる。大好きだよ!」

私はそう言って、ギュッと蓮を抱きしめた。

ーーー
ーーーーーー
ーーーーーーーーー

「蓮様、カッコいい!!」

「あ、蓮様が笑ったわ!」

今日はいつもに増して、教室の周りが騒がしい。

原因はただ一つ。

昨日放送された、ドラマの最終回のせい。

ラストシーンの湊の"愛してる"という台詞を、蓮に言ってもらいたい、そんな女の子が続出している。

あの場面は今期最高の視聴率を記録し、なんと40%を越したそうだ。

本当に蓮の人気はすごいし、ドラマでさらに鰻登り。

なんだか私だけ、取り残されたような気持ちになって、少し寂しい。

休み時間の度に、教室の周りは騒がしくなる。

そんな現象が何回か繰り返されて、やっと今日もお昼休みの時間がきた。

お昼休みは、私は蓮と屋上で2人っきりになれる。

なぜか知らないけれど、蓮のファンの子たちの間にも、お昼休みは蓮を見に来ないという、暗黙の了解ができているようだ。

「お昼休みは、結月と2人きりになりたいんだ」

なんて、蓮が女の子たちにお願いをしたことを、私が知るのはまだまだずっと先のお話。

「蓮、お弁当食べよう!」

私は屋上に着いてベンチに座ると、未だ立ったまま座ろうとしない蓮にそう言った。

蓮は、ゆっくりと私の隣に座った。

「蓮……?」

いつもと違う様子の蓮に、私は恐る恐る声をかけた。

すると蓮は真剣な顔をして、口を開いた。

「結月、愛してる」

「蓮……!?」

「俺、愛してるなんてこれから先も絶対、結月にしか言わないから」

そう言って、蓮は明るい笑顔を見せた。

その笑顔に、私の心は打ち抜かれた。

私は胸の鼓動が高鳴るのを感じた。

「私も蓮を、蓮だけを愛し続けるよ」

そう言ってから、私はさらに胸がドキドキした。

ドキドキしているのを隠そうと、私は俯いた。

少し立ってから顔を上げると不意に、一瞬目が合って、お互いにそらした。

しばらくしてから、蓮が私の頬に手をおいた。

蓮に触れられた頬が、熱くなるのを感じながら、私はもう一度連を見つめた。

再び目が合って1秒、2秒、3秒……

今度はどちらもそらさなかった。

そしてどちらともなく顔を近づけ、青空の下で私たちは、お互いの唇を重ね合わせた。

しばらくして唇を離すと、お互いに照れたように顔をそらし、空を見上げた。

空は、あの日と変わらなかった。

この場所で初めて蓮と出会ったあの日と。

今日も空は青く、澄んでいる。

〜Fin〜